「幻の論文」がついに単行本となった。沢木耕太郎著『危機の宰相』である。原型となる二百枚の論文は「文藝春秋」の一九七七年七月号に掲載された。雑誌掲載―単行本化―文庫化―著作集入りが通例のコースだが、この作品は単行本化されることなく、二〇〇二年に刊行開始の著作集「沢木耕太郎ノンフィクション」に決定稿として入り、今回、さらに加筆して単行本とした。 実に当初の雑誌論文から三十年近くを経ての単行本化という異例のプロセスである。雑誌掲載の時点では「池田政治と福田政治」というサブタイトルがつけられていたが、これは福田政権下という事情による。本著の主題は池田政権とその時代的意味についてである。 政治ウオッチャーにとって、日米安保の岸、沖縄返還の佐藤の間をつなぐ池田政権四年四カ月は「安定した自民党政権」のイメージがまず浮かぶ。「所得倍増計画」を掲げ、東京オリンピックに至る、ある種の楽観主義に満ちた時代であった。 いま、「自民党をぶっ壊す」と宣言した小泉首相は、池田政権の任期を超え、戦後政治の総決算を掲げた中曽根政権五年も抜いて、まもなくその政権の幕を降ろそうとしている。このタイミングで『危機の宰相』をどう受け止めるべきか。発表当時とは一変した政治状況だが、著者のみずみずしい筆致は政治ノンフィクションの面白さを巧みに描ききっており、古さは微塵も感じられない。小泉首相の後継レースに参画しようとしている候補群との対比、政権の中軸となる政策の打ち出し方といった次元でとらえてみても、興味深いものがある。

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