クライシス

 増村紀子さん(仮名)は、娘さんがそんな思い出話をしてくれても、あるいはお孫さんが「おいしい」といってハンバーグを2つもおかわりをしても、その様子をけだるそうに見ているだけで、「今日は変なのよ。ご飯が食べられないの」と言って、最後まで一口もハンバーグを食べることができなかった。顔は能面のように無表情で、まるで魂が抜けたかのようだった。

 翌日も来所はしたが、朝から元気がなく、言葉数も少なかった。そして、倦怠感を訴え、昼食をほとんど食べられないままベッドに横になった。翌週になると、更に体調は悪化していた。食事ばかりでなく、水分も摂ることができなくなっていたのだ。発熱はないが、血圧は80台に下がっていた。看護師の適切な判断で、ケアマネジャーに連絡して病院受診を勧め、病院では脱水症と診断され、点滴治療を受けた。点滴のおかげで体調は持ち直してきて、翌日からは食事量も少しずつ増えていったが、以前のように快活に動けるようになるまでには、それから1週間ほどかかったのだった。

 無事に体調が回復したのにひと安心しながらも、私は、今回の思い出の味をめぐる聞き書きが、急激に体調を悪化させる程紀子さんを追いつめてしまったのではないかと罪責感にかられた。ケアマネジャーには、そうした経緯があったことを説明したが、「六車さんのせいじゃないよ。病院の先生も、服用していた薬の副作用じゃないかと言っていたから、気にしないでください」とかえって励まされてしまった。

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