ここ十数年、東京で知る釜石(岩手県)のニュースは、寂しいものばかりだった。前人未到の日本選手権七連覇を成し遂げた新日鉄釜石ラグビー部は低迷し、一九九〇年には釜石製鉄所の高炉の火が消えた。しかし、見ると聞くとでは大違い。現地を訪ねると釜石は元気である。 市の人口は九万人から四万三二〇〇人に、新日鉄釜石製鉄所の従業員も最盛期の七八〇〇人から四〇〇人にまで減った。だが、構内用地への企業誘致が進み、そこで働く人の数は高炉休止時の二六〇〇人から四二〇〇人にまで増えている。耐震強化された公共埠頭の拡張工事や東北自動車道につながる高速道路の建設も進み、三陸の拠点となる港湾都市へと変身しようとしている。 釜石製鉄所自身も、「三〇〇(サンマルマル)のフル稼働状態」(総務グループリーダーの内藤寛人)。三〇〇とは、三交代勤務・工場休日なし・チームとしての食事休憩なし。高炉が休止して以後、釜石製鉄所は棒線事業部傘下の工場として各種の線材製品を生産してきたが、「釜石材」と指名買いが入るほどブランドになっている自動車タイヤ用高級線材が、世界的な自動車販売とタイヤ需要の高まりで生産が追いつかないのだ。 新日鉄をはじめとする日本の製鉄会社が、自動車用などの付加価値の高い高級鋼で独自の地位と競争力を確保しようとする姿を紹介してきた。その主役が、薄くて軽いが強度は高い「ハイテン(High Tensile Strength Steel)」だ。

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