十月九日、タイでは国王の認証を得てスラユット暫定政権が発足した。第二次大戦後、全部で十五回ほどの政変が発生している。今回を含め九回の成功例をみると、流血の惨事は極くまれ。ほとんどが無血。市民が兵士に花束を贈るのも馴染みの風物詩。じつはクーデターはマニュアル化されているのだ。 政情不安が続く某日、バンコクの官庁街に武装兵士の一団と数輛の戦車が出現する。次いで国軍首脳陣が「腐敗・汚職のはなはだしい現政権を打倒し国王を元首と戴くタイ王国を護持し、国民の団結を目指す」と声明する。これを国王が承認してクーデターは成功。彼らが正式に国権の最高機関となり、暫定政権成立から制憲議会発足、新恒久憲法制定を経て総選挙。ほぼ一年後に民政移管。その後、国軍と政党の“蜜月期”が続き政局は安定。だが政党政治が長引くと国軍の政治的発言力が低下する。そこで国軍内の現状不満派がクーデターに奔る――これが、これまでのタイ政治のサイクルだ。 暫定政権発足で、今回もまたマニュアルに従い民政移管に向けて動きだすだろうが、問題は少なくない。 その第一が、国権の最高機関となった国家安全保障評議会と暫定政権の関係だ。かりに前者が絶対的権限を手放さず国政全般に容喙し、暫定政権がたんなる政策執行機関に終始するなら、腐敗した前政権を追放するためとは口実で、今次クーデターの目的は国軍の政治的影響力回復だけにあったと思われても仕方がない。タイ政治は内外の信頼を失い、国軍の発砲で多数の市民が犠牲となった一九九二年の「五月事件」レベルの国政混乱も覚悟すべきだろう。

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