医者の家族が患者になったとき

執筆者:髙本眞一2014年11月29日

「医師にずっとそばにいてほしい――」。 東京大学医学部心臓血管外科の教授だった私は、儚くなりつつある命の妻を看病しながら、ただひたすら願っていました。

 東大医学部教授の家族ならば、さぞかし充実した医療が受けられるに違いない。普通の人は当然、そう思われるでしょう。しかし、医療の世界は、そんなに簡単なものではありません。東大医学部教授の家族であれ、ひとりの患者であるという事実は変わりません。特別な治療が受けられるわけではありませんし、ましてや病気が手加減してくれるわけでもないのです。

 妻の乳がんがわかったのは、彼女が50歳のとき。早期発見でした。乳頭からの血性の滲出を自ら認め、すぐに近くの病院で診察を受け、早期の乳がんだとの診断がくだされました。乳がんは、早期発見であれば死亡率はきわめて低かった。ひとまず安心したのを覚えています。しかし、そうした数字が落とし穴だったのかもしれません。

 早速、乳がんに詳しい友人に相談しました。私は当時、関西の国立循環器病研究センターに勤務していたため、大阪にある病院を紹介してもらい、乳がん手術のベテランの医師が主治医になってくれることになりました。今から17年前、ちょうど乳房温存術(乳房を全摘出することなく、乳頭、乳輪を残し、がんを部分的に切除し、乳房の変形が軽度になるように形を整える手術)が大流行しはじめた時代です。主治医からは、早期なので乳房温存術を勧められ、妻もそれを望みました。女性にとって乳房をとらずにすむのなら、それにこしたことはなかったのでしょう。念のため紹介してくれた友人にも尋ねたのですが、同様に温存術を肯定する回答でした。

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