『重層的地域としてのアジア』大庭三枝著/有斐閣
『重層的地域としてのアジア』大庭三枝著/有斐閣

 本書を読みながら、頭の中をリフレインしていた言葉がある。

 それは岡倉天心の「Asia is One(アジアはひとつ)」だ。ボストン美術館の東洋美術キュレーターであり、『茶の本』を著した日本文化の専門家でもあった岡倉天心が、欧米に日本やアジアの文化を伝える人生のなかでアジア文化の一体性を痛感した経験をもとに語った名言である。

 しかし、実際の国際政治においては、「ひとつのアジア」どころか、複雑に絡みあい、入りくんだ「多数のアジア」が存在している。本書はこの現実を「重層的地域」という言葉で表現し、そのアジアの重層性が、いかなる力学と事象のなかで形成されていったのかを明らかにする。

 そのアカデミックな作業は極めて丁寧で忍耐強く、それゆえに必ずしも取っ付きにくい内容ではなく、読み手もそれなりの忍耐は求められるが、読み進めるうちに、なぜ「アジアはひとつ」になれないのかを否が応でも考えさせられる。アジアはひとつになるべきか、そもそもひとつには永遠になれないのか、我々が今後10年、20年かけて議論すべき課題に対する思考の土台を提供してくれる点が、本書の魅力の1つではないかと思う。

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