政界には「潮目が変わる」という言葉がある。潮目とは、海面に線を引いたように見える、二つの異なる潮流がぶつかり合う境目を指す。政界に即して言えば、対立する両勢力がせめぎ合う攻防の最前線である。力の均衡が崩れ、戦線が一気に前進、後退する。そうした大きな局面転換の只中で、ある者は上気して、またある者は顔色をなくして口にするのがこの言葉だ。 夏の参議院選挙をにらんだ与野党攻防がヤマ場を迎えた五月下旬、まさしく潮目を変える出来事が起きた。いわゆる「消えた年金納付記録」問題である。民主党政策調査会長代理の長妻昭氏(衆議院比例東京、当選三回)が昨年六月以来、こつこつと追及を続けてきたこの問題がにわかに脚光を浴び、嵐のような政権批判を巻き起こしたのである。 それは、今国会の会期末までちょうど残り一カ月となった五月二十三日のことだった。舞台は衆院予算委員会で午前九時から始まった「政治とカネ」問題をめぐる集中審議。安倍晋三首相も出席し、NHKが生中継したこの四時間の審議の本来の焦点は、松岡利勝農林水産相(当時、五月二十八日に自殺)の政治資金スキャンダルだった。 電気代も水道代も無料の議員会館に事務所を置きながら、農水相の資金管理団体が「光熱水費」として二〇〇五年までの五年間に約二千八百八十万円を計上していたという政治資金収支報告書の虚偽記載疑惑に加え、農水省所管の独立行政法人「緑資源機構」の理事らによる林道整備事業をめぐる官製談合事件への農水相の関与も噂されていた。

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