沈没船の謎を抱いた底の知れない大海原

執筆者:徳岡孝夫2007年7月号

 地球上に「時」の基準線を引いた英国グリニッジ。その町を流れるテムズ下流に繋留してあった帆船カティサークが全焼したという。五月二十一日、グリニッジ標準時で午前四時四十五分頃の出火。放火らしい。 一八六九年(明治二年)建造。全長八十六m、全幅十一m、九百三十六グロストン。上海で新茶を積むや満帆に風を受けて奔り、喜望峰回り百二十日余で英国の紳士淑女の食卓にティーを届けた。帆を張った姿? スコッチ・ウィスキー「カティサーク」の瓶を見てください。 ジェームズ・クラベルの長編小説『タイパン』は、カティサークより二十数年前、英国が第一次アヘン戦争に勝ち香港を手に入れた時期を扱っている。どの船が一番茶をロンドンのテーブルに早く届けるかで、二人の男がシノギを削る。私はその本をベトナム前線の基地で、いつ来るか知れない輸送機を待ちながら読んだ。 その予備知識があったから、クラベルの次作『ショーグン』が米国で大売れし始めたと聞き、読んで短い紹介文を書いた。するとクラベルから「真っ先に『ショーグン』を読んでくれた日本人に」とカードを添えた桜の苗木が届いた。 我が家の庭には、すでに桜が二本ある。私は苗木を向かいの小公園に植えた。以後何年も花が咲かない。それをスイスのシャトーに住むクラベルに知らせると「残念、無念」と返事が来る。私は「待つ時間が長いほど、咲いた喜びは大きい」と返事をファクスで送った。

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