中曽根康弘元首相の「不沈空母」発言事件。日米外交と通訳といったら、思い出さずにはいられないエピソードだ。 元ワシントン・ポスト紙外交記者ドン・オーバードーファー氏とランチをとりながら、ユーモアたっぷりに顛末を聞いたのは、四年ほど前だった。事件の当事者の一人だ。もう一人の当事者で同時通訳の草分けの村松増美氏からも、そのしばらく前に外国人記者会の晩餐会だったかで、やはり楽しく回顧をお聞きしたと記憶する。 当の中曽根元首相からは直に聞くチャンスはいただいていないが、著書『自省録』(二〇〇四年、新潮社)で「百万語を費やすよりも『不沈空母』の一言が、(悪化していた日米関係の改善に)即座にてきめんに効いたのです」(括弧内は筆者)と回想しているのだから、関係者すべてが、いまではそれぞれに納得し、区切りをつけているのだろう。 当時はそれぞれの当事者にとって大騒動だったはずだ。ある意味で、政治における「言葉の力」をこれほど表象する事件はない。通訳という仕事の観点から見れば、「名訳」とはつまるところ「誤訳」だとでもいうべきパラドックスを示している、深く重たい事件だ。 同時通訳界の元(失礼!)マドンナにして、いまは立教大学教授の鳥飼玖美子さんの力作『通訳者と戦後日米外交』は、あらためてこのエピソードを取り上げている。

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