昨年末、福田政権は対北朝鮮外交戦略の転換を迫られそうな気配だった。ブッシュ米政権が北朝鮮に対するテロ支援国家指定を解除するのは「不可避」と思われたからだ。 指定が解除されれば、北朝鮮は世界銀行など国際金融機関から融資を受けられるようになる。日本の経済制裁の効果はさらに薄れ、「重要な交渉カード」を失うとみられた。 十一月にホワイトハウスで行なわれた日米首脳会談は奇妙だった。共同記者会見で、両首脳は、焦点のテロ支援国家指定解除に関して一切言及せず、質問も受け付けなかった。 だが翌月、風向きは大きく変わり、福田首相にとっては逆風が順風になった。ヒル米国務次官補が十二月初め、北朝鮮を訪問して、六カ国協議の「ハードル」を上げ、それ以後、交渉が停滞してしまったのだ。 六カ国協議は十月、北朝鮮が年末までに(1)寧辺の三核施設の無能力化を完了させ(2)すべての核計画の完全かつ正確な申告を行なう――で合意した。だが十二月になって米側は(2)の内容について具体的に、ウラン濃縮、プルトニウム抽出量、核拡散の三つを挙げて、厳格に申告するよう北朝鮮に要求した。北朝鮮側がこれに応じず、北朝鮮の核放棄に向けたプロセスがストップしたのである。

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