長期停滞論を超えて

執筆者:吉崎達彦2016年4月2日
上野公園の桜。朝から場所取りが行われている。外国人の花見客も多い。

 1年にわたってこの連載を続けてきたが、今回が最終回である。と言っても、エンディングをどうするかは、最初から決めていたわけではない。
 なに、続けようと思えばまだまだネタは残っているのである。第1回が北陸新幹線であったから、北海道新幹線に乗って締める、という手がある。花見の季節なので、都内の桜の名所をめぐってみてもいい。
 ちょうどプロ野球が始まったところなので、「金本監督のタイガース、調子いいでっせ!」というのも楽しそうだ。多くの日本人にとってテッパンのエンタテインメントである野球を、これまで1回も取り上げていないのは、確かに遺憾だという気がする。
 とはいうものの、そろそろ各論は足りていると思うので、「遊民経済学とは何か」をこの回でまとめておきたいと思う。

 ちょうどいいタイミングで、米外交専門誌の『フォーリン・アフェアーズ』誌最新号(2016年3/4月号)が長期停滞論の特集をやっている。この雑誌、ジョージ・ケナンの『X論文』からサミュエル・ハンティントンの『文明の衝突』論文まで、以前から時代を画するような論考を掲載することで知られている。
 今回もちょっと気が利いていて、特集テーマが“The World Is Flat.”という。この表題、今から10年前にニューヨークタイムズ紙の売れっ子記者であるトマス・フリードマンが書いた本の題名と同じである。フリードマンの著書は、日本では『フラット化する世界』という書名で日本経済新聞社から出版されている。ひとことで言ってしまえば、グローバル化とIT革命を礼賛するような内容であった。ほれ、インドのバンガロールには、英語のコールセンターがいっぱいできましたよ、ぼやぼやしちゃいられませんよ、みたいなことが書いてあった。あれを読んで、「日本はまだ言語の壁があってよかった」と思った人は少なくなかったのではないかと思う。
 ところが『フォーリン・アフェアーズ』誌の“The World Is Flat.”は、「世界がペシャンコになった」とでも訳するのがお似合いだろう。英語のFlat(たいらな)には、「パンクした」という意味もあるからだ。つまり世界経済は、どこもかしこも大変なことになってしまった。「あそこはうらやましい」と言えるような存在が見当たらなくなって久しい。
 アメリカ経済は人口が増えている。それは確かに結構な話だが、移民が増えるということはいろいろ社会の負担が増える。そのことは、昨今のドナルド・トランプ現象を見ていると良くわかる。アメリカ国民が溜め込んできた不満がほとんど爆発している感がある。
 ヨーロッパ経済はようやく立ち直りつつある。が、そこへ再びのテロ攻撃である。この調子で行くと、イギリスが国民投票でEU(欧州連合)脱退を決めてしまうかもしれない。ギリシャの財政問題も片付いてはいない。どこまで続くぬかるみぞ。
 中国などの新興国経済にはかつてのような勢いがない。中国はまだ「減速」などと言っていられるが、ブラジルやロシアの経済はインフレも伴って惨憺たるものだ。一世を風靡したBRICs経済でも、今では元気がいいのはインドくらいである。これを「愛(I)だけが残った」というのだそうだ。でも、愛だけではご飯が食べられない。
 かくして世界中どの国を見渡しても不機嫌になっている。これを称して長期停滞論と呼ぶ。『フォーリン・アフェアーズ』誌に巻頭論文を寄稿したローレンス・サマーズ教授(ハーバード大)によれば、これは過剰貯蓄、過少投資の結果であるという。
 貯蓄が過剰になる理由はよくわかる。先進国はどこでも高齢化が進んでいて、高齢者が資産を持っている。それらの多くは安全資産に滞留してしまう。所得格差が拡大して金持ちの資産が急増していることも、貯蓄増加の一因であろう。

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