『ブラタモリ』の真似をしない

執筆者:成毛眞2016年7月28日

 ヨーロッパの街は歩くに限る。都市国家だったフィレンツェやミラノはもちろん、ロンドンですら中心地は1日で歩き尽くせるようにできている。市場を覗き、路地裏へ入りながらも、日が暮れる頃には「この街を見終えた」という満足感に包まれる。人間が1日かけて歩き回れる範囲を城壁で囲み、その中を街としたのだろう。その街と街とが、道でつながっている。街道とはよくいったものだ。
 日本の街も、もともとはそのくらいのサイズだったはずだが、東京や大阪は膨張していて、とても1日では歩ききることができない。京都ですら東山から嵐山は1日がかりの旅になる。
 そこで、東京を拠点に歩いて旅をしようと街道に目をつけた。街道なら1日で相当進むことができるからだ。そう思っていたところ、山と溪谷社から出ている「ちゃんと歩ける」シリーズを見つけてしまった。これは、歩く人のための新書サイズの地図で、東海道、中山道、甲州街道版が揃っている。地図だけなら今のご時世、スマートフォンで事足りるが、このシリーズが素晴らしいのは、読んでいるだけで十分に歩いて旅している気分になれることだ。それもそのはず、作者は実際に歩いてみて手書きの地図を作ったのだという。その地図が収録されているのだ。
 歩くと言えば、伊能忠敬の人気には驚かされるものがある。ご存じの通り、江戸時代に歩いて日本地図を作った人物で、日本が誇る偉人であることに間違いはないのだが、どうもその功績以上にファンが多いような気がするのだ。ただ、その理由もわからなくはない。伊能忠敬が千葉から江戸へ出たのは50歳の時であり、そこから暦学を学び、日本中を測量する旅に出たのは55歳の時であった。この年齢から新しいことを始めたために、憧れを覚える人も多いのだろう。当初は幕府からあまり期待されておらず、しかし、成果が優れていたことから徐々に重用されるようになったという物語も、なかなか日本人好みである。山と溪谷社におかれては、伊能忠敬の足跡をたどって歩く地図も出版してもらいたい。
 地図では、都内の「歴史と文化の散歩道」全240.5キロを歩くためのものもほしい。この散歩道は都が《都民の身近なレクリエーションの場や散策することを通じて東京の再発見とふるさと意識の高揚を図る目的》で1983年から1995年にかけて整備したものなのだが〈パンフレット及び東京都生活文化局発行「歴史と文化の散歩道 Tokyo Walking 全23コースガイドブック」は絶版となっております〉とのことなので、山と溪谷社に限らず、出版社はチャンスである。
 私はそれらの地図を手に歩きながら、なにかの跡地を巡りたいと思っている。
 たとえば、三井本館へ行けば「越後屋」、日本銀行本店へ行けば「金座」、東京ドームへ行けば「水戸徳川家上屋敷」、東京都庁へ行けば「淀橋浄水場」といった具合である。見慣れた建物の写真の説明がすべて以前の名称というのも一興ではないか。ちょっとした逆張りである。

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