声というフィルター

執筆者:成毛眞2016年9月8日

 残念ながら解散報道が流れた男性グループSMAPのリーダーは、中居正広である。なぜ、彼が長く国民的アイドルのリーダーを務めることができたのか。人に尋ねれば、リーダーシップがあるからとか、最も年上だからとか、様々な答えが返ってくるだろう。
 ところで20年近く前、NHKのドキュメンタリー番組で松任谷由実がモンゴルを旅する様子を放送していた。ただの旅行番組ではなく、ホーミーという、モンゴルなどに伝わる喉歌の歌い手と交流するものだ。番組では、そのホーミーとユーミンの歌声との間に共通点があることを突き止めていた。声の倍音分布がほぼ同じだったのだ。
 声に限らずどんな音も、基音と呼ばれる、その中心となる周波数の音とそれ以外の周波数の音との重ね合わせでできている。「それ以外」の周波数が、基音の周波数の整数倍であるとき、その音を倍音という。そして、「それ以外」の周波数に占める倍音の比率が高いとき、その声はいい声に聞こえる。かの番組では、ホーミーとユーミンの歌声はどちらも同じくらい、倍音の比率が高いと結論づけていた。聞いて心地よいのは、それが理由だったのだ。
 こういった知識に基づいて、倍音を際立たせるように声を作り込む歌手は少なくない。一方で、倍音を追い求めるのではなく、喉を潰す歌手もいる。いい声というよりも、個性的な声を手に入れるためだ。アイドルとしてデビューするはずだった森進一があえて声を潰し、演歌を選んだのは有名なエピソードだ。アイドルとしての才能があったかどうかはわからないが、演歌歌手としては十分に成功したことを考えると、彼にとって声を潰すという選択は理にかなっていた。
 どんなに歌が上手くても、没個性的な声では人の記憶に残らず、したがって、売れない。初めて聞く曲でも「あ、あの人が歌っている」とわかるのは、その声が代名詞となっているからにほかならない。そこまでの個性がない歌手は、48人集めるなどして数で勝負するしかないと思う。最近のアイドル戦略は実に正しいと言える。
 歌手だけの話ではない。柳家小三治や立川志の輔の人気の何割かはあの声に支えられているに違いない。俳優とて同じこと。こちらが画面を見ていなくても、また、画面に映っていなくても、聞いただけで瞬時にそれとわかる声の持ち主は人を引きつける力を持っている。菅野美穂などはその最たる例で、ウィスキーのCMに彼女を抜擢したプランナーはさすがとしか言いようがない。

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