ビール人気の理由

執筆者:成毛眞2016年9月29日

 この春、伊勢神宮を起点にして伊勢志摩をぐるりと一周する旅をした。とりわけ印象深かったのは伊勢神宮から3キロほど離れた川岸にある二軒茶屋餅角屋本店だった。天正3(1575)年創業。老舗中の老舗だ。400年以上も伝統の和菓子を作りつづけてきたその老舗が、1997年に伊勢角屋麦酒というクラフトビールも造りはじめたのだという。飲んでみて驚いた。これがじつに旨いのである。
 夏になって、今度は十数年ぶりのワイキキで驚いた。地元のコンビニ、ABCストアを覗いてみたところ、ビールの棚がクラフトビールだらけだったのである。バドワイザーやスーパードライなどのメガブランドは文字通り片隅に追いやられていた。何十種類ものクラフトビールが競い合っているのだ。
 クラフトビールとは、小規模の酒造業者が味に個性を持たせて醸造しているビールの総称で、かつては地ビールとも言った。ビールはその発酵方法から下面発酵のラガービールと、上面発酵のエールビールに大別される。大手ビール会社の売れ筋はラガーだが、クラフトビールの多くはエールだという。
 伊勢とハワイでクラフトビールの旨さを知って、俄然ビールに興味を持った私は『ビールの科学』(講談社)をとりあえず読んで発酵方法の違いを知った。ついでに『酒の科学』(白揚社)や『ビールはゆっくり飲みなさい』(日本経済新聞出版社)なども買い込んで、頭でも酒を味わいつつある。
 それにしてもなぜ、今、クラフトビールなのか。それを突き止めるため、私は両国にあるクラフトビールの名店『ポパイ』を訪れた。伊勢角屋麦酒を始めた若き21代目、鈴木成宗さんに教えてもらったクラフトビールの天国のような店である。
 ここでも私は驚いた。品揃えもきびきび働く店員もどちらも素晴らしいのだが、それよりも17時の開店前にすでに6人が列をなしていたのだ。平日である。しかも、開店前なのに「外は暑いので入っていていいよ」と、店員ではなく常連らしき客が当たり前のように声をかけてくる。いい店に違いないと確信。
 店は私が酔っ払う前に満席になった。客層を見ると、性別、年齢、国籍、まるでバラバラで、ビール好きがビールを飲みに来ているのが一目瞭然なのだ。ワイシャツの袖をまくり上げているグループも、肩もあらわなタンクトップ姿の女性も、外国人もいる。
 つまりこれが、今の時代のビール人気の理由なのだと思う。ビールはカジュアルな飲み物だ。クラフトビールの店なら、蘊蓄はさておいて苦いビールも甘いビールも酸っぱいビールも好きに選べる。

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