在外中国人は習近平氏の一挙手一投足を注視せざるを得ない (C)AFP=時事

 在外中国人(中国版ディアスポラ)にとって2016年の年の瀬は相当にしんどいといってよい。それは、習近平体制が排外主義とでも表現する以外にない対応を続けており、年明けは更にその姿勢が高じそうだからだ。在外中国人が体験してきた第2次大戦後だけを抜き出した歴史をとってみても、北京に「龍のリズム」(中国独自の認識に発する対外関与姿勢)が顕著になることは、現地政府との微妙な距離感のなかで仕事をしている華僑にとって、決して好運を呼び込むものではないことは明らかだ。彼らは祈るような気持ちで北京の方向を見つめることになる。

40年来の「暗黙の了解」を反故に

 彼らにとって第1の懸念は、実質上の華人国家であるシンガポール、台湾と北京との関係悪化である。北京政府はシンガポールと台湾政府との間に、ほぼ40年にわたって存在した「星光計画」と呼ばれる秘密軍事協定に対して、明瞭な反対態度を明らかにしたのだ。台湾で軍事演習を行った後に、戦車などを民間船舶に乗せ、シンガポール軍が軍人、軍属も同乗させて香港に寄港したところ、香港の官憲が戦車などを差し押さえ、シンガポール人を逮捕した。そして、台湾を政府として扱っているとして、シンガポール政府を批判したのである。これは、客家の伝統をひく鄧小平とリー・クアンユー(シンガポール元首相)との間にあった台湾を巡る秘密の了解が反故にされたも同然のことだ。
 シンガポールは繁栄した華人の都市国家だが、周りはマレー系(インドネシア人やマレーシア人を含む)の、比較的貧しい人々が囲んでいる。「差別され、疎外され、孤立している」という感覚をシンガポールの指導者は抱いてきた。彼らにとって「国防」は重い課題だ。しかし、軍隊を訓練しようにも標的への実射を行うような空間はない。もちろん周辺のASEAN(東アジア諸国連合)諸国から軍用地を借りる交渉は不可能だ。台湾との協議に行きついた時、台湾もまた「差別され、疎外され、孤立している」状況であることに、双方とも気づくことになる。
 中国では文化大革命後、鄧小平が実権を握ることになる。そして、星光計画が黙認されることになったのは、鄧小平の「改革と開放」の具体案づくりにリー・クアンユーが助言したといういきさつも関わる。輸出加工区の実績は既に台湾にあった。シンガポールは製造基地づくりを手始めに、金融や事業活動支援のサービス業に進出していた。進出した外国企業に自由な経済活動を保証することの重要性を、リー・クアンユーは鄧小平に説明した。これを多とした鄧小平はリー・クアンユーから自国の「国防」の課題を聞くことになる。シンガポールと台湾との、秘密とは言えないほどの軍事協定の存在を、訪問した東南アジアの地で私が最初に聞いてからすでに20年以上になる。鄧小平は台湾との関係を了解していると受け止められていた。 

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