最近は新書の多くがパンフレットになり下がってしまったが、久しぶりにすばらしい新書に出会えた。著者の堂目卓生氏になじみがない方も多いかもしれないが、英語圏の一流学術雑誌を舞台に英国古典派経済学の研究をしている一級の経済学者(大阪大学教授)である。 本書『アダム・スミス』では、碩学がアダム・スミスの『道徳感情論』と『国富論』の理論的なつながりを語っている。両書の関係を了解した読者には、自由放任主義の体系書とされている『国富論』のまったく違った姿が見えてくるであろう。 著者の筆致はあくまで平易である。たとえば、『道徳感情論』の原語タイトルがThe Theory of Moral Sentimentsと、「感情」が複数形になっていることにさりげなく触れて「さまざまな感情の相互作用」が対象となっているニュアンスを読者に的確に伝えている。 本書の前半では、『道徳感情論』が個人の幸福感に二つの社会的な側面があると指摘していることが論じられている。第一に、個人は、他人のもろもろの感情に同感し、自分の心の中に社会で一般的に通用する「公平な観察者」を形成する。人々は、その「公平な観察者」の社会的な視点から自らの行為の適切さを評価する。

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