「こんな小さな町に、なぜ地下鉄があるのだろうか」――グルジアの首都トビリシで初めて地下鉄に乗った時の素朴な疑問だった。街の中心部にある地下鉄の駅の入り口は防空壕のような堅牢な造りで、親しみやすいこの国の印象とは対照的だ。 人口がわずか四百四十万人の小国グルジアは、ロシア南部に接するコーカサス地域に位置する。人口百十万のトビリシ市内の観光なら、一日もあれば事足りる。ロシアとの国境は北部に連なるコーカサス山脈で仕切られ、西部は黒海に面し、東部はアゼルバイジャン経由でカスピ海に抜けることができる。昔からロシア人、トルコ人、ペルシャ人が領土を争い、十九世紀にロシアに併合されて以来、ロシア語が公用語として定着した。 米ソ冷戦時代には、ロシアが西側と対峙する「前線」であり、軍事的な要衝だった。ソ連時代に独裁国家を作り上げたスターリンにとって、グルジアは大切な故郷。生誕の地はトビリシから車で西に一時間半の寒村、ゴリだ。当然ながら、国を東西に走る大動脈の鉄道と幹線道路は、このゴリを経由して黒海に到達するようになっている。 帝政ロシアの時代からソ連時代、そして現代に至るまで、黒海周辺はクレムリンを支配する独裁者たちにとって人気の保養地でもあった。トビリシ周辺では温泉が湧き出るため、あちこちにサウナ風呂がある。市内でレンガ造りのドーム型建物を見つければ、サウナ風呂と思えばよい。またワインの産地としても有名で、小さな国際空港に隣接する広場には、巨大なワインボトルの広告塔が目に入る。ワインを片手にサウナで疲れを癒やす場所、それがグルジアなのだ。結局、市民の足としての必要性が高いとも見えない地下鉄も、有事にロシアの要人らが避難する「防空壕」の役割を期待されていたとすれば、合点がいく。

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