異変 国債が売れなくなった

執筆者:大神田貴文2008年7月号

いつから「赤字国債」と言わなくなったのだろう。借金を後世にツケ回す仕組みについに亀裂が入り始めた。 何度も語られてきた「国家の財政破綻」が、いまほど現実味を帯びて感じられることはない。破綻の引き金はこれまでの想定――高齢化による福祉予算の膨張、企業の海外移転や景気停滞による税収減、あるいは首都を襲う大地震など――とはまったく違う。現実に起こっているのは、日本の財政当局が手懐けたはずのマーケットの反乱だ。主役は国債である。 財政再建が叫ばれて三十年。政府の長期債務は六百兆円を上回り、年金も含めれば八百兆円を超えながらも日本が“破綻”しなかったのは、国債を滞りなく発行し、切れ目なく借金を重ねてこられたからに他ならない。言い換えれば、止めれば倒れる自転車操業だ。 政府は資金調達の主力の十年物国債だけで毎月一兆七千億円を価格競争入札にかけ、一年間で二十兆円あまりを調達する。入札は誰でも参加できるものではなく、「プライマリー・ディーラー(国債市場特別参加者)」と呼ばれる二十五の業者に限られる。大半が証券会社で、国債を競り落として銀行や生命保険会社、年金基金に転売し、利益を上げる。 政府はプライマリー・ディーラーだけに対し入札や国債の買い入れ償却(満期を待たずに国が償還)に応じるという特権を与え、その代わりに発行額比で三%以上の「応札義務」と一%以上の「落札義務」を負わせている。銀行や生保など機関投資家が国債購入に消極的なときでも、プライマリー・ディーラーは必ず落札してきた。年度末には証券会社が落札義務をこなそうと大量の購入希望を出すため、「投資家の需要が薄いのに入札だけは大人気」という現象さえ珍しくなかった。「入札に不調なし」は国債市場の常識だった。

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