まことの弱法師(23)

執筆者:徳岡孝夫2018年2月24日

 留学生の世話をする係りの人が「写真の単位も取っておきなさい。論文を書く必要がないし、カメラは日本の得意な分野だから」というので、私は写真の単位も取った。隣に暗室の付いた教室だった。50数年前の昔、日本では1眼レフが出始めた頃の話である。

 最初は光やレンズについて講義がある。カメラマンでもない私は初めてhyperfocal distance(過焦点距離)などという英語を習った。対象が一定の距離以上になると焦点が無限大になる。理論から始めて、学期の終わりにはカラーフィルム(アンスコカラー)の現像まで行く予定になっていた。3週間ほど進んだところでテストがあった。その翌週、ドゥマレット先生はクラスを見渡して言った。

「1人だけスペルを間違えない人がいました。それはミスター・トクオカ」

 みんなが私の顔を見た。その日から暗室での私の渾名は「コンプリート・スペラー」になった。

 私は同級生に単語カードの作り方を教えた。カードの表にY・O・U・N・Gと書き裏面に若いと日本語を書く。日本人はこのカードで覚えるからスペルを間違えないんだと説明した。クラスの連中は呆れて説明を聞いていた。

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