まことの弱法師(24)

執筆者:徳岡孝夫2018年3月18日

 新学期になってまもなく、午後になると遠くからプカプカドンドンやるブラスバンドが聞え始めた。「あれは何だ」と室友に問うと「知らないのか。コルゲート大学とのフットボール定期戦の準備だよ」と教えてくれた。

 大学院生にとってはやや他人事だが、学部生は張り切っている。「コルゲートの歯磨きを使ったら100人中99人がムシ歯になった」という相手を野次る立て看をキャンパス内の各所に張っている。コルゲートは有名な歯磨きのブランドである。

 今年は我がシラキュースが断然有利らしい。米国のカレッジフットボールの順位は日本の野球のように直接対決で決まるのではなく、AP・UPI通信のスポーツ記者が投票して決める。その年のシラキュース大学はアーニー・デービスという超人的ランニングバックの活躍で全米1位にランクされていた。定期戦が迫るとブラバンの練習も熱を帯びてくる。そして当日が来た。

 マーチング・バンドを私は初めて見た。左右から迫る2つのバンドが衝突するぞと思う瞬間、綺麗に1つの集団になる。

 最後に輿に乗った当日のクイーンが登場する。水着姿。ニッコリ笑い満場の拍手を浴びる。「見て。見て。これが青春ってものよ」と全身で叫んでいるようだ。30歳になっていた私は「そうか、これがアメリカの若さか」と感嘆した。アーニーの快走で試合は一方的な勝利のうちに終わった。

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