ドン・ウィンズロウ 田口俊樹 訳『ダ・フォース』

評者:香山二三郎(コラムニスト)

2018年4月15日

麻薬組織の抗争激しいNYに
悪徳刑事の放つ熱気がみなぎる

Don Winslow 1953年ニューヨーク生まれ。私立探偵の他、様々な職業を経験したのちに37歳でデビュー。瞬く間に世界的ベストセラー作家となった。

 翻訳ミステリー、この春一番の話題作の登場。アメリカの麻薬取締局とメキシコの麻薬組織の40年に及ぶ死闘を描いた『犬の力』『ザ・カルテル』のシリーズで人気を決定づけた近年のウィンズロウだが、今回は悪徳警官ものだ。
 といっても、背景となるのはヘロインが蔓延したニューヨーク。麻薬組織間の抗争も激しく、その意味では『犬の力』のシリーズの番外篇としても読めよう。主役のデニス・マローンはNY市警マンハッタン・ノース特捜部、通称“ダ・フォース”を率いる部長刑事だが、物語はその主役の逮捕から幕を開けたのち、近過去にさかのぼっていく。
 2016年7月、ダ・フォースはドミニカ系ギャングの麻薬工場を急襲、チームの仲間ビリー・オーを失うが、親玉のディエゴ・ぺーナを殺して50キロのヘロインを密かに横取り。NY市警史上最大の麻薬組織の手入れだと名を上げる。
 9・11以後、市警はテロ防止に重きを置くようになるが路上の犯罪も減少、しかし家庭内暴力や麻薬やギャングまで無くなりはしなかった。
 5カ月後のクリスマス・イヴ、特捜部長のサイクスは麻薬関連の逮捕件数を上げるよう部員たちにハッパをかける。さらには、銃器の取締についても。マンハッタン・ノースの麻薬王デヴォン・カーターがドミニカ人相手の戦争のため、大規模な武器購入を進めているというのだ。マローンは情報屋から麻薬ディーラー、ファット・テディの居場所を聞き出し、彼を捜して尋問。カーターは特捜部に自分の味方がいるようなことを洩らしていたというのだが……。
 出だしから、著者はマローンを神格化するように謳い上げる。言葉の反復や体言止め、改行の多用から生成される詩的文体。まさにウィンズロウ節炸裂といった体であるが、地域を支配する王様気取りのマローンの夜郎自大(やろうじだい)な悪漢ぶりには共感出来ない向きもあるかも。
 だが悪事を働く一方で、彼は自分の生まれ育った街をこよなく愛してもいる。街の守護者たる自負も半端ではない。「暴力と麻薬の蔓延を文字どおり体を張って防いでいる現場の刑事はいかに考え、いかに感じ、いかに行動しているかを緻密な取材に基づいた圧倒的なリアリズムで描ききった現代の街場の叙事詩」とは訳者あとがきの弁だが、黒人の恋人との愛憎劇も含め、マローンの放つ熱気に多くの読者がいつしか呑み込まれていくに違いない。今年の年末ベストテンでもまた上位につけそうだ。

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