MI6長官「M」の正体

執筆者:竹田いさみ2018年4月16日
Mを演じたジュディ・デンチ(C)AFP=時事

 

 英国において秘密情報部MI6(Military Intelligence 6)が第1次世界大戦中に設置された史実を受け、イアン・フレミングは秘密工作員007の所属する政府機関として、小説や映画に実名でこれを採用した。

 シリーズでは、MI6の長官をM(エム)、装備担当責任者はQ(キュウ)と呼ぶ。Qの呼称は、英語のQuartermaster(装備担当者、軍需品担当の将校)の頭文字であることから、その由来に疑問を差し挟む余地はない。しかしМはミニスター(Minister=大臣)か、それともミスター(Mr.)やマスター(Master)かと、さまざまな選択肢が想定される。もっとも単純に考えれば、MI6の長官だから機関のイニシャルを戴いて、Mという説も成り立つ。一体、「M」の由来は何なのか。

 まず、作品の中で国防大臣(Defence Minister)とMI6長官が同席するシーンが散見され、国防大臣を目の前にして、ジェームズ・ボンドがMI6長官をM(ミニスター)と呼ぶことはないことから、ミニスター説はまず退けられよう。また映画『スカイフォール』(2012年公開)まで計7作、大物女優のジュディ・デンチがMI6長官を好演しているが、女性に対してミスターの呼称を使わないため、ミスター説も崩れる。また英語圏では組織のトップを、あえてマスターと言わないことから、マスター説も消える。スパイマスター(Spymaster=スパイの元締め)という語があるが、これはかなり露骨な表現になってしまい、ジョークや間接表現を重んじる原作者フレミングの美学に馴染まない。

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