副大統領候補に女性知事サラ・ペイリンを指名したことで、共和党陣営がにわかに勢いを増した。支持率で並んだ民主党オバマ候補と共和党マケイン候補。勝敗の鍵を握るのは「紫の州」だ。

[ワシントン発]民主党のバラク・オバマと共和党のジョン・マケイン両上院議員にとって、十一月四日投開票の米大統領選挙は、ただ一つの戦いではない。彼らは五十一の戦場――五十の州と首都ワシントン(コロンビア特別区)――での戦いに臨んでいるのだ。二百年前に立案された間接選挙制度により、米大統領選は全国区の単純な一般投票によってではなく、州ごとに選ばれる選挙人の数を最終的にどちらの候補がより多く得たかで競われる。この選挙制度こそが、両陣営が立てる選挙戦略を左右するものとなる。
 大統領選が、有権者は「選挙人」候補に投票し、選ばれた選挙人が大統領候補に投票する二段構えになったのは、十八世紀の終わり。合衆国憲法の起草者たちが一般市民を信用せず、より信頼できると思われる選挙人を介して民意を反映させる方法を選択したためだ。ほどなく起草者たちの懸念は無用のものと判明したが、制度は残った。もっとも、今では選挙人による投票は形式的なものに過ぎない。選挙人が一般投票の結果とは違う候補に投票することはないからだ。
 だが、選挙が州単位で争われることに変わりはなく、大統領候補が性格を異にする様々な州で幅広く勝たなければホワイトハウスに辿りつけないということが、米大統領選の性格を決めている。
 選挙人の数は州の人口にほぼ比例している。より正確には、各州選出の上下両院議員数の合計と同じだ(上院議員は各州二名、下院議員数は州の人口に比例する)。したがって、人口の多い州で勝つ方がより多くの選挙人を獲得できることになる。選挙人総数は五百三十八人のため、勝利するには過半数の二百七十人を獲得する必要がある。
 具体的に州ごとの情勢をみていこう。近年の大統領選同様、今回もカリフォルニア州やニューヨーク州では民主党の勝利が確実視される一方、テキサス州やユタ州では共和党が大きくリードしている。
 前者のような民主党支持の州が「青い州」、共和党の基盤が強い州は「赤い州」と呼ばれるようになったのは、激戦だった二〇〇〇年の大統領選からのことだ。そして、投票前の調査で赤とも青ともつかない接戦州は、その二つの色を混ぜてできる「紫の州」と称されるようになった。色分けは便宜的なものだったが、その後、すっかり定着した。
 二〇〇〇年の選挙では、一般投票の総得票数では民主党候補の現職副大統領アル・ゴアが勝ったが、多くの州が「勝者総取り制度」で選挙人を確定するため、選挙人総数では共和党候補だったテキサス州知事のジョージ・W・ブッシュがゴアを上回るという極めて珍しい「ねじれ現象」が起きた。
 同選挙に続いて、再選をかけたブッシュ大統領に民主党候補のジョン・ケリー上院議員が挑んだ〇四年選挙も接戦となったが、この二回の選挙では、米国地図の赤・青・紫の分布はあまり変わらなかった。わずかにニューハンプシャー州が共和党支持から民主党支持に塗り替わり、アイオワ州とニューメキシコ州がその反対の動きをした程度だ。
 しかし、九月半ばの時点でみる限り、今年の情勢は違う。多くの州でオバマ候補とマケイン候補の支持率は拮抗しており、投票日当日まで勝負の行方はわからない。

「紫」が増えた理由

 選挙戦が本格的に熱を帯び始めた一年前、どちらかといえば赤に近かったり青に近かったりといった微妙な差はあったとしても、「紫」に分類される州は十九だった。しかし、今や、その数は二十四にまで膨らんでいる。理由は二つだ。
 一つは、ブッシュ大統領のあまりの不人気が、伝統的に共和党が強い州にすら影響を与えていること。
 そしてもう一つの理由は、オバマ上院議員が歴史的成功ともいえる規模で、草の根から前例のない選挙資金を集めたことだ。連邦選挙管理委員会によると、七月末の時点でオバマ陣営は三億八千九百万ドル(約四百十億円)を集め(マケイン陣営は同時期に一億五千八百六十万ドル)、八月には自身の月間記録を更新する六千六百万ドルを集めた。つまり、従来は民主党候補が資金や人手を出し渋った赤い州へも攻勢をかける潤沢な資金があるということだ。アラスカ、ノースダコタ、モンタナ、インディアナといった共和党の基盤が強い州でも、オバマは事務所を開設し、テレビ広告を打ち、遊説をして回ってきた。これにより、可能性は高くないとしても、もしかしたら、このうちいくつかを青く塗り替えることはあり得るかもしれない。
 予備選の間に分析された両党の勢力分布は、副大統領候補の選出にも当然影響する。とはいえ、「デラウェア州の出身だから」という理由でジョゼフ・バイデン上院議員が民主党の副大統領候補に指名されたわけではない。同州はすでに民主党の掌中にあるも同然だ。むしろ、上院外交委員会委員長であるバイデンはオバマの外交分野での経験不足を補完し、労働者階層の出身として、デラウェア以外の州で紫を青に近づける役割を期待された。
 労働者階層にはまだ投票先を決めかねている分厚い層があり、労働者の信頼が厚いバイデンの起用は、オハイオ、ペンシルベニア(バイデンが生まれて十歳まで育った州でもある)、ミシガンといった、この層が多い州での民主党の集票に寄与すると見られている。
 同様に、マケイン上院議員がアラスカ州知事のサラ・ペイリンを共和党の副大統領候補に据えたのも、アラスカ州の有権者を狙ってのことではない。そもそもアラスカは、伝統的に共和党支持が強い州だ。この選択で共和党はほぼアラスカを手中にしたも同然かもしれない。だが、それ以上に、労働者階層に強くアピールできる候補者だと考えたからこそ、マケインは共に選挙戦を戦うパートナーとしてペイリンを選んだのだ。さらに「広大な西部の出身者」という彼女のイメージが、オバマが支持を拡大していた中西部のコロラド州、ネバダ州、ニューメキシコ州などで、共和党が巻き返しを図る原動力になることが期待されている。
 九月半ばの時点で、少なくとも七つの州が正真正銘の「コイン投げ」――共和党と民主党が激しく競り合っており、コインの表が出るか裏が出るかと同じくらい勝敗の行方が分からない――州となっている。ネバダ、コロラド、ニューメキシコ、ミシガン、オハイオ、ニューハンプシャー、そしてバージニアの各州だ。
 なかでもオハイオは、〇四年選挙で共和党候補のブッシュの勝利を決定づけた州であり、今回も焦点となるはずだ。長年共和党が支配してきた同州(知事職は十六年間、州議会の過半数も十年間共和党が確保していた)だが、不況による打撃を強く受けており、〇六年の中間選挙では州知事選と上院選で民主党が勝利した。十一月の大統領選でも青く染まる可能性は十分にある。
 経済不況が影を落とすミシガンも選挙人の数が多い州だ。ニューメキシコは、二〇〇〇年、〇四年の大統領選が僅差で決着しており、今回もわずかな票の移動でも勝敗がひっくり返る可能性がある。コロラド、バージニア、ネバダの三州は、過去二回の大統領選では共和党が獲ったが、近年、民主党が強烈な追い上げを見せている。
 大票田フロリダ州も注目の的だ。同州は住民の流出入が激しいため、比較的容易に情勢が変わりやすい。二〇〇〇年の大統領選では、大混乱を招いた票の再集計が中断された結果、ブッシュの勝利が確定したことは記憶に新しい。九月はじめまで接戦と見られたが、共和党大会後のマケインの支持率上昇で「共和党やや優勢」となった。同じ理由で民主党がやや優勢と見られたニューハンプシャーが「トスアップ」となった。

最後は七十三人をめぐる争い

 他にも、オバマ、マケインのいずれかが有利と見られるものの、差が小さく、選挙当日までに「トスアップ」に転じる可能性のある州がある。オバマが現在優勢であるアイオワ、ペンシルベニアの各州、そして、反対にマケインが有利なミズーリ州だ。これらの激戦州は大統領選の勝敗を決するため、両陣営ともに重要拠点として注目し、多額の資金を投入している。
 世論調査を見るかぎり、オバマとマケインの支持率は伯仲している。オバマは、一貫して二ポイントから六ポイントの幅でマケインをリードし続けてきたが、ペイリンの登場で共和党への注目が一気に増してから、初めてマケイン側が逆転してリードしているという世論調査が出始め、九月八日に発表されたCNN・オピニオンリサーチ社の調査では、二人の支持率は四八%で並んだ。
 獲得しそうな選挙人の数でも両陣営は激しく競り合っている。九月半ばの時点でオバマが優勢となっているのは十八の州と首都ワシントンで、選挙人数の合計は二百三十八。一方、マケインが優位に立っているのは二十五州で選挙人の合計は二百二十七だ。言い換えると、オバマは「トスアップ」の七州の選挙人数合計七十三のうち三十二を、マケインは四十三を獲得しなければならないということだ。
 オバマが狙うと考えられるのは、前回ケリーが勝ったニューハンプシャーとミシガンに加えて、ニューメキシコ、コロラドといったところだろう。マケインの方は、前回ブッシュが勝っているネバダ、バージニア、オハイオに加えて、激戦の続くコロラドかミシガンのどちらかで勝たなければならない。
 投票箱の蓋が閉じられるまで、この選挙の帰趨はわからない。

(訳=野口やよい)

Louis Jacobson●米プリンストン大学学生新聞編集長、英『エコノミスト』誌でのインターンなどを経て、米『ナショナル・ジャーナル』誌の政治記者を11年間務めた後、現職。『ワシントン・ポスト』や『ウォールストリート・ジャーナル』などにも寄稿。

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