中学や高校の級友のなかに、勉強しているように見えないのに成績はよく、運動神経も抜群で、バイオリンまで弾く「できすぎ君」がいなかったろうか。オバマ政権で東アジア太平洋担当の国務次官補に就任するカート・キャンベル(四九)は、そんなタイプだ。 米国のベスト&ブライテストは多かれ少なかれそうなのかもしれないが、日米同盟に関する古典文献になった感のある『同盟漂流』(船橋洋一著)に「カート・キャンベル」の一節がある。ワシントンのエリートを見慣れた記者の目にも、キャンベルは非凡な人材と映ったのだろう。 それを要約する形で経歴を簡単に紹介する。カリフォルニア大学在学中に当時ソ連だったアルメニアのエレバン大学に留学し、バイオリンを学んだ。その後、英オックスフォード大学で国際関係論の博士号を取得する。“本場”でボートとラグビーの全校代表になり、テニスでは世界の頂点に立っていたジョン・マッケンローと対戦したこともあるという。 ハーバード大学ケネディスクール助教授からクリントン政権下の財務省、国家安全保障会議(NSC)を経て国防総省に移り、ジョセフ・ナイ国防次官補(国際安全保障問題担当)のもとで一九九五年五月、国防次官補代理(アジア太平洋問題担当)に三十七歳で就任した。ここで、揺らいだ日米同盟を再確認する「ナイ・イニシアティブ」にかかわる。

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