イスラエルと平和条約を結び、アラブ世界内で微妙な立場にあるエジプトだが、対イスラエル国交樹立三十年を迎えた三月も、「冷たい和平」を象徴するようにエジプト国内で祝賀行事は一切行なわれなかった。 国交があるとはいえ、両国の関係は良好とはいえない。カイロではイスラエル大使館を訪ねただけで、要注意人物としてエジプト治安当局にファイルが作成されるといわれる。イスラエル当局者に会うと尾行が付いていて、警告の電話がかかってくるとの噂も根強い。 エジプトのメディア団体はイスラエルの存在をないものとして扱っており、私的、公的を問わず外交官や大使館との接触を禁じている。エジプト人記者は団体から追放されてはかなわないとイスラエルを敬遠し、イスラエル外交官は、エジプトでは身に危険が及ぶ恐れがあるため、国籍すら隠して行動しているのが実情だ。 冷え切った関係の両国だが、米国の歓心を買いたいエジプトのムバラク大統領にとって、イスラエルと上辺だけの関係でも保っておくメリットは大きい。五月に八十一歳になる大統領の関心事は、二〇一一年の大統領選挙をにらんだ「お世継ぎ問題」との噂がもっぱらだ。 後継者と目される大統領の次男ガマル・ムバラク与党・国民民主党(NDP)事務次長が二月に訪米したが、これに先立ち、〇五年の大統領選に絡み公文書偽造の罪で収監されていた有力野党指導者、アイマン・ヌール氏が突然釈放された。米政府は同氏の投獄を強く非難していただけに、釈放はガマル氏訪米実現のために米政府がエジプトに課した“条件”だったのでは、との憶測が流れたほどだ。

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