フランス映画界は、ちょっとした「シャネルブーム」のようだ。劇的な生涯を送ったファッションデザイナー、ココ・シャネル(一八八三―一九七一)の生涯を取り上げた映画やテレビドラマが、ここのところ相次いで公開されている。その最新作『シャネルになる前のココ』という映画をパリで見た(日本では今秋に公開予定)。 シャネルが十一歳の時に母親が死に、遊び人だった父親は田舎の孤児院に娘を預けたまま音信不通になった。手に職さえあれば、自由に生きていける。少女時代のシャネルには「自活」の二文字が叩き込まれた。手先の器用さを生かして、裁縫の技術を身につける一方で、フランスのエリート将校の駐屯地のバーで、歌手として生活費を稼ぐ。ちなみに「ココ」という名は、この時の芸名だ。 やがてエリート将校の愛人となったシャネルは、広大な邸宅に住むようになるが、男に囲われて過ごす生活では満足しない。邸宅を訪れる人々のファッション指南や帽子作りを始め、それが内々で評判になっていく。店を開きたいという希望に乗り気ではないパトロンに対し、それを全面的に支援してくれたのが、パトロンの親友だった。 アーサー・カペル(通称ボーイ)というこの男はまだ三十代の英国人実業家で、相当スケールの大きい人物だったらしい。自身、孤児だったのだが、才覚で財を築き上げ、当時、フランスで首相も務めた政治家クレマンソーに信頼を置かれるほどになっていた。カペルの全面的なバックアップで、シャネルはパリの目抜き通りに帽子屋を開く。夢の一歩を踏み出し、最愛の恋人を得た幸福も束の間、カペルは交通事故で死亡する。

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