米国との「サイバー対決」に漲る中国の決意

執筆者:藤田洋毅2010年3月号

検閲を甘受してきたグーグルも、米政府も、ついに意を決した。しかし、さらに強固なのが、“宣伝戦”の本家・中国共産党の覚悟だ。

 中国南部の湖南省。衡陽市は人口七百三十万を擁する省内第二の都市だ。その権力中枢である中国共産党衡陽市委員会のホームページ(HP)が驚くべき事実を伝えた。
「衡陽党建網は、三百人あまりの情報員と網評員の隊伍を整えた」
 解説が必要だ。同市党委組織部は、党員養成機関である市党校に指示し、HPに「党校陣地」と呼ぶ欄を設けさせ、二〇〇九年十二月十八日、記念式典を開いた。式典を伝えたHPの記事が、「党建設に関する情報をさらに豊富にするため」三百人のグループを組織したと書いたのだ。その意味を知るには、さらに解説が要る。「情報員」は各種関連資料を提供する当局側の人員。そして「網評員(網絡評論員)」は、表向きは“一般人”だが、党や政府の意向に沿ってネット上にコメントを書き込む役割を担う。「党建設うんぬん」はお題目。要するに当局の世論操作に加担する「網評員」を市党校が組織化・養成している事実を、当事者が白日の下にさらしてしまったのだ。
 なおも驚かされたのは、「党校陣地」が引き続き今年一月八日に「網評員管理弁法」すなわち彼らの“使用細則”を掲載したことだ。「市党校弁公室が統一認定・管理する」「党の指導を擁護し党の路線・方針・政策を堅持し……」などに始まり、第十七条では「コメント一本につき〇・一元、毎月百元が上限、半年に一回支給」と報酬を規定している。
 一月二十二日付の、ある有力ブロガーの指摘に筆者が気づいたのは一週間後の二十九日。すでに削除されているだろうと思ったが、念のためHPを開くと、十二月、一月の記述がともに残っていた。ブロガーは二百四十六番目の、筆者は三百番台前半のHP訪問者だった。
 一月十九日、内陸の甘粛省からさらに驚愕すべき情報が漏れてきた。省党委のHPは、前日に開いた「全省宣伝思想工作会議」の席上、「励小捷宣伝部長が、今年、わが省は六百五十人の網評員の隊伍を形成すると語った」と報じたのだ。それだけではない。励宣伝部長は、六百五十人の内訳について、「高手(文章の名手)」五十人を「核心層」、「好手(巧みな書き手)」百人を「緊密層」と位置づけ、その周りに「写手(書き手)」五百人を配置する三層構造を準備していると言及したという。
 湖南、甘粛どちらの記述も、網評員の「世論を正しい方向に導く」任務を強調し、「ネット上で話題になっているホットイシューや突発事態にタイミングよく対応すべし」と規定。湖南では「網評員の地位身分を外部に漏らさないため、同じハンドルネームを使い回してはならない」などと“懇切丁寧”な指導までしている。
 湖南のケースは筆者がHPを三日後に再訪した時にはすでに削除されており、甘粛の記述は一夜にして消えた。しかし、ネット世論を誘導するため各地の各レベルの党組織が“知恵”を絞り、必要な“軍資金”を公金から支出している事実は、もはや揺るがせなくなった。
 筆者が本誌昨年十二月号で指摘したように、当局寄りコメント一本につき「〇・五元(五毛)」を報酬として得る「五毛党」の存在はかねて噂されていたものの、実体は不明だった。それが今回、当局側が彼らを「網評員」と呼び、各地の財政力に応じ「一毛党」も存在することまで明らかになったのだ。
「ちょっとした手違いですよ」と、党中央の中堅幹部が苦笑いしつつ解説する。衡陽市の場合は「五毛党の存在はすでに公然の秘密だから、明かすことをためらわなかった。少ない訪問件数が示すように、片田舎の公機関のHPを開くのはどうせ現地の関係者だけだから」。他方、甘粛省のケースの波紋は小さくないという。「高級幹部である宣伝部長の内部向け発言を、事情を知らない部下がゴマすりのため対外発信してしまった。だからこそ、即座に削除され、党中央宣伝部も事情を問い合わせた。宣伝畑では、甘粛から党中央への出世・抜擢は当面ありえませんね」。
 いずれにしても、秘密保持のため「ハンドルネームを逐次、変更せよ」と厳命し細かなルールまで定めながら、その内容をネットに載せるのは、ほとんど笑い話。金ボケした地方の権力機関は機能不全に陥っている。胡錦濤総書記ら中央の指導部が落ち着かないのは無理もないのだ。
 従来、世論操作・誘導を引き受けてきた、新華社や人民日報をはじめとする官製メディアは、当局の見解をオウム返しに唱えるばかりで、影響力は急速に薄れている。代わって、玉石混交とはいえ、ネットの伝播力は強くなる一方。当局の思うように世論を導くのは難しくなってきたのだ。前出の中堅幹部が言う。
「ネットの力は、誰にも抑えられないほど急激に巨大化している。昨年七月五日、建国以来、最も深刻な少数民族の騒乱に直面した新疆ウイグル自治区ですら、これ以上のネット封鎖は難しい。いずれも限定的ながら、昨年暮れに新華社、人民日報、年明けには新浪網、捜狐網を解禁し、二月六日からは中国青年報や中国新聞などマスコミや淘宝、阿里巴巴などネットショップ、そして各種ゲームなど二十七サイトの封鎖を解いた。もはや、発展の遅れた自治区ですら、長らく情報孤島に封じ込めるのは不可能だ」

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