フランスを沸かせた平田オリザの「買収劇」

執筆者:大野ゆり子2010年3月号

 日本を代表する劇作家平田オリザ氏の演劇を、リヨンで見る機会があった。「鳥の飛ぶ高さ」というタイトルのこの作品は、ハイテク温水洗浄機能がついた便器の日本企業「猿渡商会」が、企業に買収を仕掛けられるストーリー。もともとは米企業による仏トイレットペーパー会社の買収劇を描いた原作を、平田氏は現代の日本に翻案し、買収をめぐって揺れる日本のオーナー企業、社長の椅子を狙っていた腹違いの兄弟の確執、それぞれの派閥につく新旧社員の様子を、日本好きのフランス人やフランス好きの日本人を織り交ぜて描く。 獲物にむかってハゲタカがゆるりゆるりと降下するように買収をしかけてくる外資企業と、そのターゲットになったオーナー企業。泥沼の買収劇をコミカルに描く中で、丁寧なモノづくりとは何か、イメージ戦略はどう進められるべきなのか、会社に対する忠誠心とは、西洋的なプラグマティズムは日本と折り合うのか――という平田氏の問いかけがルーペを通すように極端に拡大され、現実にいくらでも起こりそうなエピソードが少しだけ誇張され、フランス人観客を笑いの渦に誘いこむ。 たとえば、陶器生産の伝統を生かし、丁寧なモノづくりを売り物にしていた「猿渡商会」創業者の便器「大和」。量産はできないが、どこまでも白く美しい陶器を、という哲学を持っていた先代社長が倒れると、会社はフランス勢の攻勢を前に、狂奔をはじめる。フランスかぶれの社長の息子によって、フランス人から「クリエーティビティ」や「イメージ」といったコーチングを受け、「大和」は「モジシュール」というブランド名に変えられ、大々的なTVコマーシャルが展開される。モジシュールとは実はフランス語でカビを意味するのだが、フランス語の洒落た響きに魅せられた社員も顧客も、そんなことはおかまいなし。

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