フランス語は頑なだ。コンピュータは「Ordinateur」、メールは「Courrier electronique(courriel)」といった調子で、英語を絶対にそのまま使わない。フランス語の番人のような役割を担っているのが、一六三五年に宰相リシュリューが創設したアカデミー・フランセーズである。批評家、詩人、哲学者、聖職者、政治家など当代一の学者、文人四十人によって「アカデミー・フランセーズ国語辞典」が編集され、何が許され、何が許されないかを決めていく。会員は別名「不滅の人」とも呼ばれ、フランス文化の権威を象徴する。 ところが携帯メールの普及で、街中では「不滅の人」もびっくりのフランス語が流通している。たとえば、「J tapl 2m1」の意味は四十代以上にはなかなか判らない。解読すると「Je t'appele demain (明日、君に電話するね)」となる。他にも「On va o 6ne(On va au cine=映画行こ)」、「Koi29(Quoi de neuf?=変わったことは?)」などなど。 綴りが発音通りでないフランス語を書きやすくしてしまったのが、携帯メールである。これだけだったら、ケータイが「少女たちの基地」となった日本でも同じことで、世代の問題と理解されてしまうだろう。ところがフランスの難しさは、例に挙げたような若者ことばに、貧しい地域に密集する移民の子供たちが、仲間うちで使う「隠語」が加わることにある。ヒップホップが流行り始めた一九九〇年代には、ヴェルラン(verlan)と呼ばれる逆さ言葉が流行した。verlanはフランス語の「l'envers(ランヴェール=逆)」をひっくり返したもの。たとえば女を意味するfemme(ファム)を逆さにしてmeuf(ムフ)と言ったり、bizarre (ビザール=奇妙な)をzarbi(ザルビ)といった調子。こうすると、響きがフランス語より断然アラビア語っぽくなるのだという。

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