多くの謎が残る韓国哨戒艦沈没

執筆者:平井久志2010年6月18日

 北朝鮮は故金日成主席生誕100周年の2012年に「強盛大国の大門を開く」ため、10年を「決定的転換をもたらす年」にすると位置づけ、「人民生活の向上」を重点政策に掲げてきた。にもかかわらず、昨年末に行なったデノミ政策の大失敗により、北朝鮮がかつてない窮状に陥っていることを、筆者はフォーサイト誌上でレポートしてきた。だが、4月号(3月19日発行)での最後のレポート以降、朝鮮半島情勢はめまぐるしい動きを見せた。3月の韓国哨戒艦沈没と、5月の金正日(キム・ジョンイル)総書記訪中、6月の北朝鮮体制刷新……。いまだ不可解な点も多いが、この間の北朝鮮の動きを整理してみる。

「将軍は腹を立てて帰った」

 デノミ政策の大失敗で経済状況が極度に悪化する中、北朝鮮に不可欠なのは中国からの援助や投資である。そのため10年に入ると、金総書記がいつ訪中するかに関心が集中した。
 しかし、3月26日に黄海で韓国の哨戒艦「天安」が沈没し、乗組員46人が死亡・行方不明になる事件が発生し、朝鮮半島情勢は一変した。
 韓国政府は、5月20日ごろに哨戒艦の沈没について調査結果を発表するとした。韓国政府が北朝鮮の関与の可能性を示せば、中国も経済支援の表明などは困難になる。金総書記としては調査結果が発表される前に訪中する必要があった。
 そんな中、金総書記が中国を非公式訪問したのは5月3日から7日まで。両国で発表された訪中内容は意味深長だ。
 中国側は、胡錦濤主席が首脳会談で5つの提案を行なったと発表した。そのうち2番目の提案は「戦略的な意思疎通を強化する。双方は両国の内政、外交における重大な問題、国際・地域情勢、党・国家統治の経験などともに関心を持つ問題について随時および定期的に突っ込んだ意思疎通を行なう」というものだ。
 また、中国側の発表では、温家宝首相が金総書記との会談で「中国側は(北)朝鮮側に中国の改革・開放と建設の経験を紹介したいと考えている」と強調した。
 中朝間では、1999年6月の金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員長の訪中と2000年5月の金総書記の非公式訪問を通じて、金総書記と江沢民総書記は、お互いの路線を尊重し、内政干渉は行なわないことで両国関係を整理した。胡主席の「内政問題での突っ込んだ意思疎通」という提案や、温首相の「中国の改革・開放と建設の経験を紹介したい」という言及は、金総書記にとっては受け入れがたいものであった。
 今回の金総書記の訪中では「中朝間の伝統的友好」がこれまで以上に強調されたが、その裏側では、「中国指導部はこれが最後の忠告という思いで言いたいことを言った」(外交関係筋)という厳しい応酬が展開された。一部報道では、金総書記は北朝鮮の「ピパダ(血の海)歌劇団」の「紅楼夢」公演を中国指導部とともに観覧するスケジュールをキャンセルして北京を離れたという。
 北朝鮮に近い消息筋も「将軍は腹を立てて帰った。従来の訪中では、援助の規模や内容などについて事前の協議が行なわれ、大枠の合意が準備されるが、今回はそうした準備はなかった」と語った。
 但し、金総書記は中国側に対して哨戒艦沈没への北朝鮮の関与を否定したという。
 中国は内政問題や改革・開放の推進では金総書記に厳しく迫ったが、一方で北朝鮮の孤立化を深めることは避けた。
 金総書記は、表向きは中朝友好を強調し、中国を自らの側に引き留めたが、経済支援をめぐる生存戦略では本質的な成果を上げることができなかったというべきだろう。

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