在京大使が一番いいワインを出す国

執筆者:西川恵2000年1月号

 少し前、ある駐日大使と食事をしていて、各国大使公邸の饗宴に話が及んだ。「どこが一番いいワインを出すと思いますか」と聞かれたので、「当然フランスでしょう」と言うと、「イエメンです。外交団でも評判ですよ」と意外な答えが返ってきた。最近そのイエメンのアブドラハマーン・モハメッド・アル・ホーシー大使公邸の晩餐会に招かれた。

 公邸の玄関に迎えてくれたホーシー大使は、挨拶を終えると「赤ワイン、それとも白ワインがいいですか」と聞いてきた。ふつうは給仕が食前酒を運んでくるところである。大使は私をサロンに先導し、「これはいかがでしょう」と、テーブルの上の抜栓したばかりのダブルマグナム(三リットル)のボトルから赤ワインを注いでくれた。

 ラベルを一瞥すると、ボルドー地方メドック地区の第二級、シャトー・コス・デストゥルネルの82年。濃厚でタンニンが強い。ふつうはジビエなどのどっしりした肉料理と合わせるワインである。先客でいた顔見知りのシンガポールの周大思大使夫妻に「食前酒にこのワインを飲むのは初めてです」と言うと、「まだまだ。ここでは序の口です」と笑った。

 この日は外務省儀典長、経済企画庁審議官らのほか、シンガポール、エクアドル、パラグアイ、チリ、ボリビア、ニカラグア各大使夫妻の十八人と、全体的に中南米が中心だった。奥さんが帰国しているホーシー大使は、それを埋めて余りある名ホストぶり。招待者を先客に引き合わせ、ワインを注ぎ、会話を引き立て、「今度はこれを飲んでみて下さい」とまだ相当量残っているのに、新しいボトルを抜く。

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