ソフトウェアに賭けるビル・ゲイツ

執筆者:梅田望夫2000年3月号

 ビル・ゲイツ(四四)が、マイクロソフトCEO(最高経営責任者)職を退いてそろそろ二カ月になる。 一月十三日のゲイツ退任の報は、その三日前に発表されたAOL、タイム・ワーナー合併の衝撃の中に少し埋没した感があったが、一時代の終焉と産業新秩序をめぐる闘争の始まりを象徴する「二〇〇〇年初頭にふさわしい大ニュース」だったと思う。 スピーチやマスコミのインタビューを通して聞こえてくるゲイツの肉声に今や一点の曇りもない。彼は「チーフ・ソフトウェア・アーキテクト」という自らの新しい役割を、心の底から楽しんでいるようだ。ネット新時代の覇権闘争はまだまだ始まったばかりと、ゲイツは信じて疑っていないのだ。 そして新しい肩書きに「ソフトウェア」という言葉を冠することで、覇権闘争の切り札は依然ソフトウェア以外にあり得ないという強烈な意志を、ゲイツは内外に表明した。AOL、タイム・ワーナー合併の背景にある「メディア産業的世界観」と真っ向から対立する「ソフトウェア産業的世界観」を、誰よりも強く信じているのがゲイツその人だからである。 二十五年のCEO在任期間中、競争者としてゲイツを心底震え上がらせたソフト会社は、ネット時代の旗手・ネットスケープただ一社であった。しかし、そのネットスケープを九八年十一月に買収したAOLは、ネットスケープのソフト会社としての秀逸を維持・発展させる道は選ばず、メディア産業の視点から活用可能な資産だけを自社に取り込んだ。ネット時代にソフトウェア自身は価値を創出せず、コンテンツと顧客サービスこそが価値を生み出すのだという「メディア産業的世界観」をAOLが持っているからだ。

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