資本主義に飼いならされたLinux

執筆者:梅田望夫2000年4月号

 約一年半前、私は「『無料OS』登場の衝撃」(九八年九号)という文章を書くことで、Linuxについて、その背景にあるオープンソースという思想について考え始めた。つづけて「Linux開発の創始者 その意外な素顔」(九九年一号)を、そしてリーナス・トーバルズにも会った上で「Linuxの創始者が語った『本音』」(九九年二号)を書いた。集中的に一つのテーマを追いかけたのは、この不思議な現象が、情報技術産業の成り立ちばかりでなく、資本主義の本質をも揺るがすのではないかという予感に満ちていたからだ。 Linuxとオープンソースの面白さの本質は、ネット上にできた摩訶不思議なソフト開発者コミュニティにあった。彼らは世界中に散らばり、互いに顔も知らず、会ったこともなく、一緒に会社を作っているわけでもない。メンバーも始終入れ替わる。金のためにプログラムを書くのではなく、仲間からの賞賛を糧に、皆ただ楽しいという理由だけでプログラムを書き、結果として経済的に巨大な価値を持つ財(その結果生まれたソフト)を生み出し、それを無償で社会に還元する「あどけない顔をした天才たち」だったからだ。「Linuxは優れたOSだ。しかしLinuxを基幹業務に使うことにはためらいがある。開発者コミュニティなんていうあやふやな存在をあてにして、大切な基幹情報インフラを構築することなんてできない」という企業顧客の懸念さえ払拭できればLinuxは爆発的に普及する。でもそれはどうしたら実現できるのだろう。

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