日米戦争前夜、アメリカの黒人を味方に付けようとした日本の秘密工作があった。その先駆けとなった男、中根中。摘発の網をかいくぐり暗躍していた彼が逮捕された頃、ニューヨークでは「第二の男」疋田保一が活発な工作活動を行なっていた……。 一九三〇年代、米国黒人社会で「東洋から来た神」と崇められた日本人、中根中。反白人団体を組織し黒人を暴動へと導こうとした彼は、やがて日本へと強制送還された。その中根がデトロイトに舞い戻っていると米連邦捜査局(FBI)が知るのは、強制送還から五年後の三九年(昭和十四年)のこと。妻・パールからの密告がきっかけだった。 一九三四年(昭和九年)八月、中根は日本からカナダに入国した後、国境を挟んでデトロイトにも近いトロントに落ち着いた。それから四年余り、パールを通して自らが設立した黒人結社「ディベロップメント・オブ・アワー・オウン(我々自身の発展)」を操縦し続けた。そのパールが、なぜ中根を裏切ったのか。それは一九三八年(昭和十三年)九月、キャッシュ・ベイツら組織の幹部数名が、中根のもとを訪れたのが発端だった。 古参幹部との面会で、中根は意外な事実を知らされる。パールから「デトロイトで七万一千人」と聞いていた組織の会員数が、実際には二千人弱まで落ち込んでいたのである。しかも組織が急速に弱体化した原因は、パールの生活ぶりにあるという。

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