「株式市場の投資家たちは長い間失っていたもの、すなわち権力の象徴が欲しいと考えているのである。……『株式投資家たちはグリーンスパンをこの地球を救う最高の候補者としてとらえている』のである」(デービッド・B・シシリア/ジェフリー・L・クルックシャンク『グリーンスパンの魔術』伊藤洋一訳 日本経済新聞社刊 二二〇〇円) 神ならぬ人の身ゆえ、グリーンスパンFRB(連邦準備制度理事会)議長が地球を救えるわけではない。にもかかわらず、世界は彼を片言隻語に大きく動く。その様子は、確かに“魔術”的とするに相応しい。 一九八七年、「近代アメリカの歴史において最もパワフルなFRB議長」と賞されたポール・ボルカーを継いだグリーンスパンは、ほどなく前任者と並ぶ影響力を獲得した。グリーンスパンの発言が市場にどう受け止められ、どのような反応を喚起したか。本書を読み進むうちに読者は、グリーンスパンの影響力とは市場参加者の不安と期待の写し絵にほかならないことに気付くだろう。 もちろんグリーンスパンは、市場の視線に自覚的だ。引用された多くの発言記録からは、ことさら曖昧な言葉で市場の舵取りを試みる様子が伝わり興味深い。その真意を探る上で欠かせないグリーンスパンの“思想”へのアプローチも、本書の大きな読み所だろう。財政赤字やインフレはもちろんのこと、日頃あまり報道されない教育や農業についてのコメントからは、経済の「健全さ」を持続させることがすべてに優先するという彼の本質的な姿勢が見えてくる。

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