「どんなことがあっても私が、夫を見捨てるわけにいかないのは、それが中国人として生きてきた私の人生の現実だからである。私は、人生の最終局面を迎えるに当たって、中国でこんな生き方をした日本人もいたという事実を残すために、この拙い文章を綴った」(韓瑞穂著・伊藤正監修『異境』新潮社刊 一七〇〇円) 著者は戦時中に“敵国人”であった中国人と結婚して中国に渡り、人生の大半を動乱の中国で生き抜いてきた日本人女性である。 彼女は一九四三年、日本に留学中だった韓向辰氏と結婚し、翌年夫と友に北京に渡る。韓家が共産党の地下連絡所だったことから、夫と共に革命に身を投じ、八路軍の軍医となって、身重の体を抱えながら国民党との戦闘に参加。中華人民共和国の成立には、同志たちと感動の涙を流した。 だが、希望に燃えた日々は長くは続かず、その後は多くの中国人民同様、政治の波にもまれ、知識階級として農村に下放され、文革時代に夫は身に覚えのないスパイ容疑で逮捕され、本人も拘留され尋問を受ける。しかし何度も死ぬ思いを味わいながら、「逃げだそうとは思わなかった」。「こんな目に遭うのも、自分で選んだ道じゃないか。どんなことになろうと、くよくよしたって始まらない」

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