「小学校に入学する時父はこう教えた。『東京の奴は卑怯だから気をつけろ。喧嘩の前にやたらに口上を並べるが、そういう時は相手に棒を持ったり、石を拾う暇を与えず、物もいわずに素手で殴れ』」(屋山太郎『私の喧嘩作法』新潮社刊 一四〇〇円) 硬派ジャーナリストとして知られる屋山太郎氏が、かくも痛快な人物であるとは知らなかった。本書は、政治や行革の分野などで健筆を揮ってきた著者の一種の自伝で「戦後史の証言」の一つとも言えるのだが、内容はむしろ「現代版坊っちゃん」の趣である。 実際、無鉄砲振りなら「坊っちゃん」の上を行く。鹿児島出身の父親から受けた教育に忠実に、屋山氏は子供の時分から喧嘩に明け暮れた。しかし、暴力がからんでもどこかカラッとしているのは、子供時代の軍人の息子から学生時代のインチキ博徒、政治記者時代の田中角栄、親方日の丸の国労に至るまで、喧嘩を売る相手が基本的に自分より強い奴、卑怯な奴に限られているからだろう。物書きとしての喧嘩の作法は、実名による執筆、名指しの批判、ヘソ下の話は触れない――の三つだそうで、こうしたダンディズムと、「自分を安全地帯に置かず返り血も覚悟」の緊張感も、読後感が爽快な理由の一つかも知れない。

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