「私の基本的な視座は、脳死移植問題を単に理論や知識レベルで対象化して考えるのでなく、たえずわが身に引き寄せて、『自分がその身になったらどうする?』という実感的・現実的なとらえ方をするところにあります」(柳田邦男『緊急発言 いのちへI』講談社刊 一五〇〇円) 本書は、ノンフィクション作家として活躍すると同時に、現代日本が直面する社会問題に対し、ジャーナリスティックな立場から精力的に発言を続けてきた著者の真摯な発言集である。 取り上げられているのは、脳死、メディア、少年事件、水俣病の四テーマ。新聞や雑誌等での発言を時系列順に並べた上で、その後の社会の反応、それに応じる著者の発言なども合わせてまとめてあるため、各問題の経過について全体像をつかむこともできる。 この本にまとめられた著者の発言の中には、反響を呼び、社会を動かしたものも多い。特に、臓器移植法の脳死基準については、著者自身、次男の脳死に立ち合った経験も踏まえつつ、患者を看取る肉親の心情をきめこまかく思いやった「死」の基準を熱心に提唱してきたが、その一連の発言は、国会での法制化の際の見直しにあたり大きな影響を与えている。 専門家が専門家ゆえの陥穽に陥り、患者や弱者、被害者の思いを全く無視して物事を進めたことから生じる問題も多いのではないかと著者は分析する。専門知識のみに頼って諸判断を下すのではなく、自分がその立場だったらどう思うか、どう振る舞いたいか、そんな視座を持って「実感レヴェル」で考えるべきだという。それは、冒頭に引用したように、著者自身の基本的な視座であり、諸問題を報道するメディアに対しても、「自分だったら」という思いを踏まえた、一人称でも三人称でもない「二・五人称の視点」を提唱するゆえんである。

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