日銀が政府の反対を押し切る形でゼロ金利政策の解除を決めた八月十一日の金曜日、森喜朗首相は富士山を一望できる神奈川県箱根町の温泉旅館「芙蓉亭」で二日目の夏休みを過ごしていた。東京・日本橋の日銀本店で政府代表と日銀サイドが侃々諤々の激論を繰り広げている最中、旅館内の自室で、表示から持ち込んだラグビーの国際試合のビデオなどを観てくつろいでいた首相は午後五時前、ピンクのシャツにグレーのジャケットという出立で、報道陣の待つ芦ノ湖畔の箱根プリンスホテルに姿を現した。「写真撮影だけ」が事前の取り決めだったが、湖畔の散策を終えた首相は自らホテル中庭に首相番記者を呼び寄せ、芝生の上で約四十分間、即席の懇談に応じた。 この一カ月だけでも、「オフレコ懇談を記事にした社があった」と丸二日間、記者団の質問を一切無視する制裁に出たり、「君のことはよく知っている。君には答えたくない」と批判的なコラムを書いた朝日新聞の女性記者をなじったりと、番記者とぎくしゃくした関係を続けてきた首相だが、この日は明らかに様子が違っていた。日銀にゼロ金利解除の議決延期要請をはねつけられるという「おもしろくない日」だったにもかかわらず、マスコミ批判もそこそこ、内政、外交にわたる今後の政権運営への夢を語ったのである。

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