「人間の仕事の進め方は、大きく分けて次の二つに分類できるのではないかと思う。一つ、そしてまた一つと、完成させては次に進むやり方。すべてを視野内に入れながら、それらすべてを同時進行的に進めていくやり方」(塩野七生『賢帝の世紀 ローマ人の物語IX』新潮社刊 三〇〇〇円) ローマの最盛期として名高い「五賢帝時代」の中で、トライアヌス、ハドリアヌス、アントニヌス・ピウスの三人の賢帝を取り上げたのが、待望のシリーズの第九巻である。ただ三賢帝とはいえ、実際の主人公は、トライアヌスとハドリアヌスの二人と言っていいだろう。対照的とも言える二人の指導者像が本書の最大の魅力だ。 トライアヌスは、ローマ帝国内のインフラ整備に全力投球する一方、ダキアとパルティアを攻め落とし、帝国の版図を最大にするという功績を残した。そのやり方は、一つ一つを着実に完成させていく努力家タイプ。誠実で威厳に満ち、「至高の皇帝」と呼ばれるにふさわしい指導者だった。それは、初の属州出身の皇帝だったため、人並み以上に頑張ったからだというのが、著者の見立てである。 一方のハドリアヌスは、同じく属州出身でありながらそのプレッシャーはなく、ギリシャ文化を愛し、自由闊達な性格の指導者だった。物事の進め方は、すべてを同時進行的に実行する天才タイプ。ローマ法の集大成に臨むなど、「真の意味のローマ帝国の“リストラ”をした人」であり、一言で言えば「徹底した自己中心主義者」だと、塩野氏は評する。

記事全文を印刷するには、会員登録が必要になります。