クリントン、長い余生の始まり

執筆者:2001年3月号

人並みはずれた“刺激への渇望”を抱えてどこへ行くのか――[ワシントン発]十九世紀の終わり、とある新聞社の論説委員が「元大統領など社会のお荷物でしかない。みんな並べて銃殺刑に処すべきだ」と書いた。“お荷物”の一人、グローバー・クリーブランドはすかさず応酬した、「元大統領は、既に充分苦しんでいる」と。 だが、その時のクリーブランドには、ビル・クリントンが(大半は身から出たサビとはいえ)どれほどの苦難を味わうか予想もつかなかっただろう。モニカ・ルインスキーとのスキャンダルで弾劾裁判にまで追い込まれ、上院議員となった妻のヒラリー共々、金銭がらみの疑惑をめぐって受けた取り調べは数知れず。最後の最後に「恩赦」を与えれば、これまた物議をかもし、非難の集中砲火を浴びつつホワイトハウスを去る羽目になった。が、とにもかくにもクリントンは、ジェラルド・フォード、ジミー・カーター、ロナルド・レーガン、ジョージ・ブッシュに次いで、栄えあるこの世の“元大統領クラブ”に仲間入りを果たした。 五十四歳という年齢は、二十世紀初頭に引退したテオドア・ルーズベルトの五十歳に次ぐ若さだ。二十年以上の長きにわたり公僕として過ごし、いよいよ“私人”としてのスタートを切ったクリントンは、その類い稀なる精力と誰からも愛される人柄を武器に、果たしていかなる人生を歩むのか。

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