盾 林岳司『内側から見た湾岸危機』

執筆者:船橋洋一2001年3月号

 一九九〇年八月二日。 早朝、木本正二は東京の娘からの電話でたたき起こされた。「パパ、大変だよ」「今、会社のテレックスにクウェートの国際空港が爆撃されて閉鎖になっていると入っているけど、そちらは大丈夫なの」 窓から外を覗いたが、フラットの前の湾岸道路は、いつもと変わらない自動車の往来が続いている。 しかし、勤務先の通信省に行くと、鍵がかかっていて入れない。仕方なく引き返すと、また電話が鳴り響いている。娘からだ。「どこに行ってたの。イラク軍がクウェートに攻め込んでいるってニュースが言っているけど、何ともないの」「今、通信省から帰ってきたところだけど、よく判らない。ニュースは何と言っているんだい」「イラク軍が国境を超えて南へ進撃しているって。本当に何ともないの」 木本は、クウェート政府のアドバイザーとして国連の専門機関・国際電気通信連合(ITU)から派遣された技術専門家だった。それまで二年以上、クウェート通信省に勤務していた。 クウェートに居ながら、危機は日本からの電話で知らされ、戦争となると世界はそれをCNNのテレビで知らされる。湾岸危機は、九〇年代グローバリゼーションの幕開けをも告げた。

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