「思うに、一九九〇年代以降の日本の低迷と混迷は、目指すべき社会と進路を見失った『理念の敗北』に由来する。我々が下腹に力を入れて目指すべきは、他人のまねごとや時代の空気に合わせた軽薄な悪乗りではなく、自分の頭で考え抜いた『理念』の再興である」(寺島実郎『「正義の経済学」ふたたび』日本経済新聞社刊 一四〇〇円) 日本では、経済ジャーナリズムもエコノミストも、景気の現状分析や経済予測には熱心でも、「あるべき社会とは何か」を正面から論ずることを避ける傾向が強い。リスクを取ろうとしないのだ。この風潮の中で、著者の論壇における存在感が益々高まっているのは、あえて“正義”という言葉まで持ち出し、「あるべき社会」論を提示しようとする勇気にあるといえる。 多彩な内容の本だが、本書を貫くテーマは、日本が目指すべき方向として、いま流行りの、競争と市場を至上価値とする「米国流資本主義」で本当にいいのか、という真摯な問い掛けである。そして著者は、日本は真の自律と自尊の精神に立って、「売りぬく資本主義」に走ることなく、日本独自の「育てる資本主義」を確立すべきではないかと説く。経済の効率性は大事にしながらも、分配の公正さにも配慮すべきというのが著者の立場だ。著者が欧州の実験に着目する理由もここにある。

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