唐家セン外相「やめなさい」発言の波紋

執筆者:西川恵2001年8月号

 ハノイでの田中真紀子外相と唐家セン外相の日中外相会談(七月二十四日)は、中国からの申し入れで通訳を介さず、日本語で行なうという極めて異例のものだった。唐外相は日本語が堪能だが、正式の会談を一方の国の言葉で通すというのは、外交上、あまり聞いたことがない。加えて歴史的に難しい関係にある日中両国である。日本語での会談は大きな冒険だった。 会談を日本語で行なった中国側の意図について、日本のマスコミは「会談時間を有効に使いたかったためではないか」と指摘したが、日中を取り巻く状況を考えれば、それだけの理由で日本語になったとは考えにくい。 今回の外相会談の主要議題は小泉純一郎首相の靖国神社参拝問題であり、これについて中国側は断固反対の立場を日本側に伝えたかったことは明らかだった。そうであるなら、なおさらのこと通訳を介するのが自然である。相手の言葉を使うということは、それだけで相手に譲歩し、弱い立場を見せたと受け取られ兼ねないからだ。特に中国側にとって、日本語で会談を行なうことにはリスクがある。 日本語はいうならばかつての“敵性語”。いまでも中国で知日家とは「買弁」(外国の利益に奉仕する者)と重なるイメージがある。唐外相も日本語が出来るというだけで、インターネットのサイトで「売国奴」と非難されている。中国側が「日本語で会談を行なうことはオフレコにして欲しい」と日本側に要望したのも、中国国内の空気を考えれば当然のことだった。

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