ナノテク戦略の本質は“競争”ではない

執筆者:伊藤洋一2001年9月号

 日本は、IT戦略での過ちをナノテクノロジーで再び犯そうとしているのだろうか。「ナノテクで日本はアメリカ(別にEUでもいいのだが)に勝てるか」式の、いたずらに扇情的な惹句を目にするにつけて、そう思う。 ナノテクはナノメートル(十億分の一メートル)のスケールで原子・分子を操作する技術である。これによって「鉄の十倍の強度を持ち、ずっと軽い物質」、「米国会図書館が持つ全情報を角砂糖ほどの大きさに詰め込める記憶装置」、「特定ガン細胞やウイルスを個別に撃破できる細胞サイズのロボット」などを作り出すことが可能になると期待されている。 ナノテクの最大の特徴は、万物を組成する最小単位、原子を直接操作するがゆえの、いわば「分野横断性」の強さにある。ナノの世界に物理、化学、生物の垣根はないのである。「無機と有機の差」、つまり「非生命と生命の差」をも軽々と超えてしまうだろう。 この「分野横断性」ゆえに、モノから生命にまで及んで行くナノテクの波が、社会全体を根底から洗い直すのは明らかである。潜在的な影響力の大きさは、データのやりとりや処理が中心のテクノロジーであるITの比ではない。もちろん前記のような“人類の夢”も実現するだろう。だが一方で、物価や職場環境、企業の形というような、我々の生活環境を激変させる可能性も孕んでいるのである。

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