母となられたその人の魅力

執筆者:大野ゆり子2001年12月号

 子供の頃私は、「洗足」という眠ったように静かな町に住み、田園調布にあるカトリック系女子校に通っていた。ある朝、学校はいつにない興奮に包まれていた。隣のクラスに転校生がやってくるのだ。しかもモスクワから! 異国の都市の名は想像を遥かに超え、小学生の私は好奇心で一杯になった。 その日の帰り道、洗足商店街の銀杏並木の下で、思いがけず、くだんの転校生を見かけた。あまりに私がじろじろ見るものだから、その女の子は恥ずかしそうにうつむいたが、瞳の奥がいたずらっぽく笑っていた。 それからアメリカへ転校するまでの数年間、彼女は学校中の人気者となった。振り返ってみると、その人気の秘密は、頭が良くてスポーツ万能だったことではなく、むしろ、こちらの予想を快く裏切るアンビバレントさにあったのだと思う。利発なのに尖った鋭さがなく、ソフトボール部のスターなのにおっとりしていて、大輪の花のような存在感なのにシャイで野にひっそりと咲くのを好むような面――。その印象は、私たちの通学路だった「洗足商店街」が、彼女にちなんで「プリンセス通り」と呼ばれるようになっても、全く変わることがない。 内親王ご誕生の嬉しいニュースが伝わった朝、夜来の雨が止み、ドイツの冬空は驚くほど青く晴れ渡った。お祝いで賑わう商店街の記事を読むと、三十年近く前のセーラー服の可愛らしい女の子の姿と、母となられた妃殿下の姿が頭の中で重なってくる。

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