“劣等生”と“優等生”

執筆者:大野ゆり子2002年2月号

 旅先ではついつい財布の紐がゆるむもの。外国通貨だと、自国では絶対買わないものも衝動買いしてしまう。その時のわくわくする気持ちと軽率さは、外国でのアバンチュールに似ている。フランス語でje t'aimeと囁く時の無責任を伴った大胆さ。この密やかな楽しみはユーロで失われてしまう。ユーロでの買い物なんて、エスペラント語での愛の告白のように味気ない!――こう嘆くのは『さらば、美しい紙幣たち』というエッセイ集に寄稿したドイツの作家だ。 昨年末にドイツで出版されたこの本は、南はギリシャから北はフィンランドまで、ユーロ参加国の作家十人が、消えゆく通貨の裏にある歴史、文化への熱い思いを綴ったもので、当地で静かなベストセラーとなっている。文化人の中には、ユーロ導入でヨーロッパが画一化し、各国の個性が消えていくことへの懸念を口にする人も多い。欧州統合の経済的なメリットを頭では理解しながらも、ユーロ導入のように上から与えられるプロセスに、どこか割り切れなさを感じているのだ。 その声が最も強いのがドイツであろう。ドイツ人の自国通貨に対する思い入れは、他の国々と比べて明らかに強い。敗戦の瓦礫の山から経済的に立ち直り、「奇跡の経済復興」を成し遂げた強いマルクは、国民の汗と涙の象徴だった。何かにつけて近隣諸国からナチスの過去を引き合いにだされるドイツ人にとって、マルクだけは自信をもって胸をはれる「文化」だったのである。

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