政治家には介入を許し、お金の遣い方はルーズ、そして特権意識過剰――内部からも改革を求める声が沸騰するいまがラストチャンスだ

――いまや「民」では雪印にみずほ、「官」では外務省が、国民に蔑まれる代表的組織になってしまいました。岡本さんは、「(外務省を)変える会」の一員として、四月初めに改革の「私案」を出されましたが、何とかしなければという思いの伝わってくる提言ですね。
岡本 公的機関がここまで国民に嫌われるというのは異常な事態です。私も、人生の過半を外務省で過ごしたわけですから、心情的には現役の職員と同じように辛く感じています。悔しさもある。早く今の状況から脱してくれ、きちんと外交をやってくれという思いで、私案をまとめたのです。
――具体的な提言が多いのですが、ご自身の経験から生まれた改革案なのでしょうか。
岡本 それもありますが、あの文書を書くに当たっては、昨年以来、百人以上の現役職員と話をしました。この二カ月ほどは毎晩のように、改革しなければいけないという強い意識をもった若い人たちと議論してきたんです。「変える会」にも、改革を求める職員からのファックスが三百通も届いているようです。そうした多くの現役職員の思いが籠ったものです。
――問題の根底には何があるとお考えですか。
岡本 根っ子にあるのは、外務省の誤まてる特権意識と競争心の欠如です。
――その特権意識はどこから育ってくるのでしょうか。
岡本 これは、初任研修の教育の仕方から始まっていると思いますね。国を背負っているという気概と誇りを植え付けようとする内容の講義が多いのですが、そんなものは、教育しなくても、実際の職務をこなすに伴って自覚が生まれてくるはずです。
 私はこれまでも、外務省研修所での若い職員への講演などでは、厳しいことを言ってきました。自分たちは特別だとか偉いのだとか思うなと。気概や誇りといったものだけを育てようとする教育のあり方には賛成しませんでした。
 もちろん、それに対しては、内部からの反論がありました。ノブレス・オブリージュという言葉をつかって、「外交官としてのプライドをもつことは必要だ」と言う人は多いです。しかし、この種の教育をあまりにやりすぎると、誤ったエリート意識を植え付けることになる。
――二十一歳かそこらでI種試験に合格すると、ややもすれば誤った特権意識を抱かせる環境があり、それを競争原理のなさが助長するということでしょうか。
岡本 そうです。現在、大使のポストは百二十一あります。それに対して、毎年、I種試験に合格してキャリアとして入省してくる数は二十数名。それだけの数で全ての大使ポストを埋めるのは無理です。裏を返せば、キャリアは入省時に将来の大使ポストを保証されていることになる。これは大学を出たての若者にとっては健全なこととは言えないでしょう。もっと競争原理を働かせなければ、組織の活性化はありえません。
――どうすれば外務省に競争原理を導入できるのでしょうか。
岡本 まず、外部の血を入れなければ、物理的に数が足りません。それから、内部での実力主義に基づく昇進です。
 私案では、大使ポストの二割程度が、他省庁出身者を含めた外部の人材で占められるようにするよう提言しています。現在は一割弱しか外部の血は入っていません。財界人、学者など、系統立って探せば、優れた人材はいくらでもいると思うんです。
――岡本さんの案では、外部からの大使を、適格者ならばG8を始めとする主要国にも配する一方、「お客さん扱い」もせず、生活条件の厳しい国にも派遣すべきとなっています。責任が重いか、気候条件の厳しい開発途上国か、では、誰もなり手がないのではありませんか。
岡本 そんなことはないと思います。たとえば、リタイアされた財界人で、知力も体力もまだまだ充分という人はたくさんいます。そういう人材を活用できる。「任期つき公務員制度」には、何歳以下でなければならないとか、定年は何歳だとかいった条件はありません。
――有名人だから起用するといった、いわば「目くらまし」の大使人事が行なわれないかと気になりますが。
岡本 大事なのは、思いつきでなく体系的に採用すること。大使の人選は、どの国でも構造的な意思決定のもとに行なわれています。学者ならば、その人の書いたものをきちんと読み、専門分野についての日頃の発言も押さえて、本当に大使にふさわしい人かどうかを判断する必要がありますね。
――将来的に二割にするということですから、二十四人が外部人材、さらにほぼ同数を、II種試験に合格して入省する専門職から登用すると提言されています。
岡本 最終的には、能力主義に基づく任用が定着し、I種、専門職の差別なく優秀な人材を重要ポストに就けるようにするべきです。この問題は、これまでも繰り返し言われてきましたが、なかなか現実化しなかった。専門職の人たちの不満は解消されてこなかったわけです。そこで、経過措置として、少なくとも二割程度は専門職を大使に任命するという目標を設定しようということです。能力主義が根付いたらこの目標は撤廃し、その結果、二割よりも多い、または少ない専門職が大使になるのでいいのです。
――現時点でも専門職から大使になった人は十八名いるそうですが、実際の任地はすべて「不健康地」だと聞きます。大使というポストを与えてお茶を濁すだけで、結局は能力主義にも繋がらず、専門職を重用することにもならないのではないでしょうか。
岡本 そんなことはないですね。私は、大使という称号を与えることが大事だと言っているのではありません。彼らが本当に実力を発揮できるところに行ってもらえるようにしたいのです。チェコ語の専門家はタンザニア大使になりたいとは思わないでしょう。タイ語やタガログ語の専門家が、それぞれタイやフィリピンの次席になれるかというと、なれない。公使や政務班長も、ぜんぶI種職員の「持ち株」になっているからです。大使になれなくても、せめて次席になれて、専門知識を発揮できるようにする必要がありますよ。

競争の分母を増やせ

――能力主義や競争原理を高めるためには、入省後の語学研修のやり方も変える必要ありとおっしゃっていますね。
岡本 ええ、それは、I種と専門職の差別的な扱いをなくすことにも繋がるからです。具体的には、留学しての語学研修を例外なく三年間にするべきだと思っています。現在でも、ロシア語、中国語、アラビア語を勉強するI種職員は、三年間の研修を受けますが、最初の二年は英語圏への留学で、三年目だけ当該の言語の国へ行く。一方、専門職は、二年間特殊語学だけを勉強するので、英語の力は伸びず、その特殊語の世界だけでしか生きていけないよう、道を閉ざされている。専門職も英語をやり、その上で特殊語をやるようにすればいいし、逆に、キャリアのほうにも、英語やフランス語などだけではなく、三年目は特殊語を選択させるのです。
 いまは、たとえばキャリアの入省者でイタリア語をやるのが一名、韓国語が二名といった具合ですから、この人たちが将来、イタリア大使、韓国大使になることは入省の時から事実上約束されてしまう。三年研修制度にすれば、こうした言語を学ぶ人間が他にも出てきて、競争の分母の数が増える。I種、II種の差もなくして、熾烈な競争をさせることができるんです。ですから、これは大きな意味のある提案だと思っているんですよ。
 現在の外務省は、課長ポストが六十二なのに、大使はその約二倍の数がある。上に行くほどポストが多くて、実力主義で淘汰する必要がなく、身分制の固定されやすい構造になっている。それを変える必要があります。
 私案で提起したことは、このほか中間研修の導入、在外公館の設置の必要性の定期的見直し、さらには職員の夫人の間にある上下関係の廃止など、どれひとつ実現不可能なものはないはずです。
――日本の行政府は、外務省に限らず改革を求められるところばかりです。最も注目されている外務省は、改革を現実のものにして、先鞭をつけることができるのでしょうか。
岡本 私は、「変える会」まかせではなく、「変わる会」を作って外務省が自ら変わらなければダメだと言っています。七月には「変える会」の改革案がまとまりますが、それが出るまで待っているといった悠長な状況では、絶対にありません。いまが、自ら改革する最大のチャンスであることは間違いない。雪印ではありませんが、これが民間企業なら、市場から退場させられている状況です。その心配はないからといって改革を緩めたりせず、解体的出直しをはかってほしいのです。

おかもと・ゆきお●1945年生れ。68年一橋大学経済学部卒、外務省入省。ワシントン日本大使館参事官、北米局安全保障課長、北米第一課長などを歴任し、91年退官、岡本アソシエイツ設立。2001年9月より内閣官房参与を務める。政府関係機関や企業への助言活動の傍ら、講演・執筆などで活躍。日米関係、朝鮮半島、中国問題などについて発言している。

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