「複雑性の世界」とアメリカ

執筆者:田中明彦2002年7月号

 昨年九月十一日のアメリカへのテロ攻撃の衝撃で、国際政治は一時きわめて単純化したように見えた。テロとの戦いのため、アメリカは、これまでのいきさつを超え世界各国との関係を改善した。その結果が、アフガニスタンにおける軍事作戦の成功であった。しかし、その軍事作戦の成功が誰の目にも鮮明に映った昨年十二月、ニューデリーで、世界はそれほど単純ではないことを示すもう一つのテロ攻撃が起こっていた。インドの国会議事堂にパキスタンのイスラム武装勢力が襲撃をくわだて、警察と衝突し十名以上の死者が出たのである。 アメリカにとってアフガニスタンにおける「テロとの戦い」の最重要国家パキスタンは、いうまでもなく独立以来インドとの間でカシミールを巡る対立を続けている。インドもパキスタンも一九九八年に核実験を行なった核保有国である。ニューデリーでのテロ攻撃からほぼ半年が経過したが、この両国の関係はさらに緊迫化し、五月中旬には危機的ともいい得る状態になった。三月以来のイスラエル・パレスチナ問題に加え、インド・パキスタン問題も喫緊の課題として浮上した。単純化された世界は長くは続かない。底流に常に存在する複雑性が、いまや前面に出てきている。

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