「戦う意志」なけりゃ勝てない

執筆者:徳岡孝夫2002年8月号

 東京発の外電は、日本人が「ポストW杯症候群」にかかっていると報じた。 横浜の大競技場の外には、かつて「あと365日」の大パネルが光っていた。それが日に日にカウントダウンしていって、決勝戦の日には「0」になった。 無茶苦茶に騒いだ。あらんかぎりの声を出し、誰彼なしに抱きついた。そのすべてが来て去った。後には淋しく遣る瀬ない「宴の後」があった。日本人はいま「プロ野球もつまんないし」という気分に落ち込んでいるという。少なくとも東京に住む外国人には、そう映るらしい。 しかし私には、あの決勝戦は簡単には消えない印象を残した。むろんテレビ観戦だが、一つのボールを追う二つのチームを見比べ、地球上にはこれほども異なる人種が住んでいたのかと呆れた。 ドイツ選手は勇猛果敢だった。システムの意志に従って、球を敵陣へ運んだ。勝利へあと一息のところまで攻めた。二十世紀に二度、皇帝ウィルヘルム二世とヒトラーの命に従い、彼らはもう一歩で勝利を手にしかけた。いまは平和なEUの一員だが、なお優秀な兵士になれる素質がある。あるいはローマ帝国の北辺を脅かした蛮族の血の名残りか? 終了の笛が鳴った後、ゴールを堅守してきたカーンは、ポストに背をもたせ、無言で立っていた。七万人近い座席の客は、帰るのを忘れて彼を見た。誰にも声をかけず、誰からもかけられず。慰めず慰められず、じっと劇的に立っていた。胸の中にはワグナーが鳴っていたことだろう。

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